Sarmaticus

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続・ポーランドのサーベル剣術の資料について


概要


イントロダクション

機会があればポーランド現地で剣術のレッスンや歴史的背景についての取材をしたかったのだが, 最近の情勢ではそうも言っていられない. それでも最近はインターネットで取得できる情報は増えているので, 少しづつ情報収集して得られたことの一部を書き残しておく.

なお, 前回の解説は基本的に見なかったことにしてほしい. その後中世ドイツの剣術について習う機会があり, やはり文献だけではわからないことが多い — 身体性が重要であり, 実際に体を動かしてみないと記述の正しい文脈を理解することは難しいと悟ったためである1. このルールに則するなら, 私はまだポーランドの剣術のレッスンを受けたことが一度もないため, 深く理解しているとは言いがたい2. よって今回はあくまで, どう「読み取るべきか」とか「どれが正しいのか」という価値判断は保留して単純に資料の紹介という体でいく.


文献・史料の紹介

17-18世紀のポーランドの剣術について, そもそも日本語はおろか英語で書かれた資料すら少ない. 例えば英語圏 (=英米) で書かれた資料をもとにした西洋武術とか刀剣図鑑といったものは, 日本語でも参考にされたりいくつかが翻訳されたりしているが, それらにはポーランドに関する記述が皆無と言っていい.


一次史料について

まず, 厳密な意味での一次史料というものは存在しない. つまり, 17世紀頃のポーランドで書かれた武術書は少なくとも現時点では公には見つかっていない. しかし, サーベルに言及している16-18世紀ごろの書物として, 以下が知られている.

  1. MSS Dresden C.93/C.94 (Paulus Hector Mair “Opus Amplissimum de Arte Athletica,” 1542?, 初期新高ドイツ語)

  2. MS A.4°.2 (Joachim Meyer, “Gründtliche Beschreibung der Kunst des Fechtens”) (初期新高ドイツ語, 1570, Forgeng (2016) の英訳あり)
  3. Sebastian Heußler (1616) Neu Kunstlich Fechtbuch (初期新高ドイツ語, Mauerer (2019) による英訳あり)
  4. Michael Hundt (1611) “Ein new Kůnstliches Fechtbuch im Rappier” (初期新高ドイツ語, 新ラテン語)
  5. Marcelli Francesco Antonio (1686) “Delle regole della Scherma” (イタリア語, 英訳書籍あり)
  6. Jan Chryzostom Pasek (1690?–1695?) “Pamiętniki” (“The Memoirs of Jan Chryzostom z Goslawic Pasek” という題で英訳あり)
  7. Jędrzej Kitowicz (1840) “Opis obyczajów za panowania Augusta III” (ポーランド語, 英語訳あり)

(1, 2) の Mair と Meyer はいわゆる「ドイツ剣術」の教本の著者として知られることが多いが, 彼らの教本の中には dussack という湾曲した木製の練習用武器の扱いも言及している. これらはサーベルの動作の参考にされることが多い. 以前紹介した映画 “Zrodzeni do Szabli (Born for the Saber)” の作中では「ドイツ人がサーベルを相手に戦う練習のために導入した」と紹介される (これが歴史的に適切な説明なのかは怪しい). しかしここで再び dussack の定義は注意が必要で, 16-17世紀にオーストリアで流行したサーベル型の真剣も dussack と呼ばれる. Meyer の武術書の挿絵3にある dussack とは形状がかなり異なる4.

図 1: Meyer の著作にある Dussack の挿絵, パブリックドメイン
図 2: これも Dussack と呼ばれた. 16世紀のノルウェーで使用されたもの. CC-BY-SA Faksvaag, Jon-Erik / Norsk Folkemuseum

また, 同時代の外国のいくつかの武術書にも, サーベルを持った相手との戦い方が少しだけ書かれている.

(3, 4) は17世紀初頭のドイツで描かれたものである5. この時代になるとレイピアの記述がほとんどだが, 数ページだけサーベルに言及がある. 196-229 ページにポーランド風あるいはハンガリー風の衣装の剣士やトルコ風の衣装の剣士が頻繁にイラストに現れ, サーベルを使った戦法がいくつか紹介される. (ただし dussack らしきイラストもあるのでサーベルの定義が大雑把かもしれない)

現在一般に知られているポーランド国内の一次史料は, Pasek の "Pamiętniki" (正確にはこれはタイトルではない. ポーランド語で「日記」「回想録」といった意味の単語であり, これは Pasek という名のポーランド貴族の個人的な日記である) および Kitowicz の歴史書の2つである. タイトルからも分かるようにこれは当時のポーランドの習俗について記されたものであり, 当時のポーランドでサーベルが普及していたことを読み取れるものの, 武術教本ではない.

図 3: Haußler の武術教本の扉絵, パブリックドメイン
図 4: Haußler の武術教本で紹介されるサーベル, 左の人物はこの時代のハンガリーポーランドでよく見られる襟の高い服を着ている

このように, 同時代の外国の資料はしばしば参考にされるが, ポーランド国内で書かれた既知の一次史料というものは, 厳密にはほぼない.

また, サーベルと言えば近代的な騎兵の持ってる武器というイメージがあるだろう. しかしこれらの多くは馬上でのサーベルの使い方にはほとんど触れていないため, 具体的に馬上でどういう使い方をしていたかは分からないことが多い. (これはサーベル以外の西洋剣術でも同じである.6 一般論として, 再現活動が進まないのは単純に剣術と馬術の両方に習熟し, 練習用の馬を維持するのに時間と金がかかるから.)


それ以降の時代

次に, 蛇足かもしれないが18-19世紀でヨーロッパで書かれた史料もいくつか挙げてみる. さすがにヨーロッパのありとあらゆる文献を漁ることは不可能なので, ごく一部の有名なものだけを紹介する.

Alfred Hutton は当時のイギリス陸軍の騎兵教官であり, “The Swordman” と “Cold Steel” という代表的な剣術マニュアルの著作がある. 実は彼は本邦においても戦前から知られている. (中山 and 中山 (2002) に掲載されている) ので, フェンシングを除けばサーベルの扱い方といえば彼の時代の技術が以前から知られていたことになるだろう. しかしおそらく17世紀ポーランドのものとはかなり異なる (というか, 当時は日本のみならず欧州でも中近世の剣術はそこまで再評価されていなかっただろう). また, かれは伝統的な剣術の研究も多く著作に残している (私はまだあまり読んでいない). イギリスの軍事剣術マニュアルとして, 他にも Henry Angelo の書いた “Hungarian and Highland Broadsword Exercise” が有名である.

フランス製なら 1816年に Alexander Muller が書いた “Theorie sur l’escrime a cheval, pour se defender avec avantage contre toute espece d’armes blanche” というものがある. しかしタイトルのみ知ってるだけで中身を見たことはない. おそらく英訳も出回っていない.

また, 19世紀にもなると近代スポーツとしてのフェンシングの直接のルーツになるような流派も出てくる. たとえば Giuseppe Radelli はイタリアで独自のサーベル術を発展させ, その弟子 Luigi Barbasetti はハンガリーで軍事教官を努めたため彼の流派はイタリア=ハンガリー式と呼ばれ, 近代的なフェンシングのサーブル種目の基礎になったらしい. 彼自身も36年にマニュアルを出版しているが, 最近 Russ Mitchell が, Károly Leszák によって1906年に書かれたイタリア=ハンガリー式のサーベル術のマニュアルを英訳した (Mitchell (2020)). つまり, Barbasetti の流派の影響を受け, ハンガリー式がイタリア=ハンガリー式へと変容する過渡期を示す重要な史料であるらしい.


現代になってから書かれたもの

それ以降, 19世紀から現代にかけてまとめられた資料について紹介する.

  1. Starzewski (1830)O Szermierstwie” (Daria Izedska による英訳 )
  2. Zabłocki (1989)Cięcia prawdziwą szablą” および (2011)Szable swiata
  3. Kwaśniewicz (1999)Dzieje szabli w Polsce
  4. Marsden et al. (2014)Polish Saber: A Basic Guide by the HEMA Alliance”, (2015)Polish saber: the use of the Polish saber on foot in the 17th century
  5. Jerzy Miklaszewski の YouTube 動画チャンネル, および Academia.edu への投稿
  6. Sieniawski (2021) のオンラインマニュアル “THE SABRE, OLD POLISH FENCING, AND THE CROSS-CUTTING ART” および彼の主催する Sztuką Krzyżową の動画チャンネル

Starzewski による (1) は現時点で最も古いポーランド国内の武術教本である. 見ての通り19世紀の資料であり, 17世紀ではないから厳密には一次史料とは言えない. 一次史料ではないが, サーベル剣術家・研究家たちにとってかなり重視されている.


Hellish Quart と Starzewski

以前紹介したゲーム, “Hellish Quart” のタイトルは, ここに書かれている逸話に由来する. “Quart” は 4 を意味し, 攻撃の基本動作の型のうち, 4番目のものを意味している. Starzewski によれば, ポーランドの剣士と立ち会ったドイツ人たちはサーベルによる右下からの切り上げ攻撃を “DIE HÖLLISCHE POLNISCHE QUARTE” (ポーランドの地獄のように恐ろしい第四の太刀) と評したという. なお Starzewski の紹介する型ではこの攻撃動作は3番目だが, ドイツ人の剣術 (おそらくレイピア) ではこの角度からの攻撃は4番目なので Quart と呼ばれている.

図 5: Starzewski の記した太刀筋の図解, Miklaszewski (2021) より

彼は軍人であり, 歴史家ではないし, ここに書かれているのは彼の生きた時代の剣術の話ではない. 極論を言えばだが, 全て作り話という可能性もある. それゆえこの記述にも懐疑的な向きもあるが, 既に紹介した 17世紀の Heussler の武術教本でも Quart に注目しており, また後述する Sieniawski の資料でも18世紀の文献での扱いについて紹介されており, 完全に事実無根の作り話とは思えない (しかしこれも素人の憶測).


20世紀以降の再発見

 (2) もおそらく現代の多くの剣術家から重視されている. 著者7はむしろ現代フェンシングのメダリストとして有名かもしれないが, このように伝統的なサーベル剣術に関する著作も残している. 2011 年のものは再版らしいが, 現時点では私はどちらも入手できていない.

 (3) は剣術ではなく, ポーランドで使われたサーベルの図鑑である. WWII 後のサーベル (ソ連の影響を受けシャシカみたいなものが使われていた) にまで言及があるのが特徴. 私はこれを以前 eBay で偶然見かけたので入手した. 「どこからどこまでがサーベルなのか」「サーベルにはどんな種類があるのか」という話も, 本来は正確に語る上で必要なのでこの話もおいおい書いておきたい.

 (4) は現時点で数少ない英語の資料である. しかしながら, とくに2015年の本はここまでで挙げた資料の要点をまとめており, かつ参考文献のリストがとても充実しているため, 興味があるがどこから初めたらいいか/どこを調べたら良いか分からない人にとってはかなり有用である. 入手も比較的簡単である. なお著者が代表を務める団体 The Phoenix Society のYouTube チャンネル も参考になるだろう.

残りの2つは現在活躍しているポーランドの剣術家の YouTube チャンネルである8. 特に Miklaszewski 氏の動画は歴史的背景の解説とデモンストレーション両方が充実しており, あまり知られていないいろいろな地域・流派のサーベルのマニュアルを引用し実演して比較するなど, かなり濃い情報が得られる9. また, Akademia.edu にもいくらか原稿を投稿している. (4) 以降の英語で発信されている Web 上での新情報はほぼここしかなさそうである. 彼は Silkfencing の中心人物であり, 私はここの団体の販売しているシンセティックサーベルを購入して練習に使っている (ブラックフェンサー製品との比較はそのうちどこかに書く).

2つ目は “Zrodzeni do Szabli” の監修を行った Szieniawski 氏率いる Sztuka Krzyżowa10 の公開した資料である. この資料は私がまさにこのまとめ記事を書いているタイミング11で公開されたものである. このオンライン資料には, 上記のリストに含まれていない, かなり微細な内容の史料にも言及している. また, Vimeo で彼らの流派のレッスン用のビデオが販売されている.

図 6: ポーランド剣術のルーツを探るため, Sieniawski らは当時のオスマン帝国で書かれたアラビア語の文献にもあたっている, Sieniawski (2021) より

その他, Akademia Szermierzy12 の動画チャンネルは歴史的背景の解説はないものの, 参考になる練習風景や映像作品としてもクオリテイの高いものが多く面白い.


参考文献



Forgeng, Jeffrey L. 2016. The Art of Sword Combat: A 1568 German Treatise on Swordsmanship. London: Frontline Books.

Kwaśniewicz, Włodzimierz. 1999. Dzieje szabli w Polsce. Wyd. 2. Warszawa: Dom Wydawniczy Bellona : Oficyna wydawnicza Rytm.

Marsden, Richard. 2015. Polish Saber: The Use of the Polish Saber on Foot in the 17th Century.

Marsden, Richard, Keith Farrell, Tyler Brandon, Jonathan Hill, Daria Izdebska, Olek Frydrych, Kevin Maurer, and John Patterson. 2014. “Polish Saber: A Basic Guide by the HEMA Alliance.” https://www.dropbox.com/s/wdm7k9q18ldyeoh/Polish%20Saber%20HEMA%20v2.pdf.

Mauerer, Kevin. 2019. Sebastian Heussler’s New Artful Fencing Book: A Translation and Biographical Account. CreateSpace Independent Publishing Platform.

Miklaszewski, Jerzy. 2021. “Starzewski Treatise "On Fencing" in the Eyes of His Era.”

Mitchell, Russ. 2019. Hungarian Hussar Sabre and Fokos Fencing. Self-Published.

———. 2020. Sabre Fencing: By Károly Leszák. Happycrow Publishing.

Sieniawski, Bartosz. 2021. “The Sabre, Old Polish Fencing, and The Cross-Cutting Art.”

Starzewski, Michał. 1830. “O Szermierstwie.”

Zabłocki, Wojciech. 1989. Cięcia prawdziwą szablą. Wydawnictwo Sport i Turystyka.

———. 2011. Szable swiata. Bellona.

中山博道, and 中山善道. 2002. 日本剣道と西洋剣技. 東京: 体育とスポーツ出版社.

楠戸一彦. 2014. K. ヴァスマンスドルフ著『マルクス兄弟と羽剣士の6つの剣術興行』(1870)に関する一考察.” 環太平洋大学研究紀要 8: 255–60. https://doi.org/10.24767/00000423.

注釈

  1. 例えばサッカーや野球は西洋剣術よりよほど多くの人が研鑽しているが, 読んだだけでサッカーや野球の技術が身につく本を見たことがあるだろうか?↩︎

  2. というか前回の時点では Marsden の本すら読んでなかったので本当に知ったかぶりもいいとこである.↩︎

  3. ここで見ることができる https://wiktenauer.com/wiki/Joachim_Meyer↩︎

  4. dussack のルーツは チェコの tesák にあるとされる. その説の根拠は私は見つけていないが, 楠戸 (2014) の脚注12には dussack と「チェコ語の tesäk」の関連を指摘する引用がある. しかしこれだけではどちらのことを指しているのかは, はっきりしない.↩︎

  5. さらにもう1つ, 同時期に Jacob Sutor von Baden が “New Kůnstliches Fechtbuch” という教本を書いている. Heußler の著作とタイトルが似ていて紛らわしいが, こちらはサーベルに関して参考になりそうなのは Meyer とほぼ同じ内容の Dussack の解説しかないようだ.↩︎

  6. ただし近代以降ならば軍事教練の史料が残っているだろうし, 運が良ければ当時の訓練を受けた人間が見つかるかもしれない. 例えば Mitchell (2019) とか.↩︎

  7. 残念なことに, 去年12月に亡くなっている.↩︎

  8. 最近は Facebook やインスタグラムにだけ投稿することも多い気がする. とおもったら最近になってYouTubeにもたくさんアップロードするようになった.↩︎

  9. 歴史的背景を重視する場合, どの文献などに基づくのか明示してくれるのはとてもありがたい.↩︎

  10. ちなみに以前の投稿で紹介した映画 “1920: Bitwa Warszawska” でも振り付けを監修したらしい https://en.sieniawski-fencing.com/galeria↩︎

  11. このテキストは5月頃に書き始めてなかなか終わらなかったので10月になって再編集して公開している↩︎

  12. Hellish Quart のモーションアクターをした Antoni Olbrychski 氏が所属している↩︎