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[西洋剣術] サーベル術について調べたこといろいろ


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“Pojedynek Wołodyjowskiego z Bohunem” (ヴォウォディヨフスキとボフンの決闘), Juliusz Kossak, 1886年, 33 x 50 cm. "Album Ogniem i mieczem" より.


目次

2021/4/13 追記: 続編 (?) を以下に書いた.
under-identified.hatenablog.com

2021/10/10 追記: 正式な続編を以下に書いた. 読み返すとこっちの記述は知ったかぶりや誤解が多いので話半分に読んでほしい.
under-identified.hatenablog.com



概要

ポーランド式サーベル術の話

サーベル術の変遷

日本に欧州の剣術、いわば軍隊剣術としてのフェンシングの原型が伝わったのは1874年 (明治7年) で, フランス陸軍の教官によるものだ(久保, 1987, 剣術教範にみる軍刀術教育の変遷 -1- 片手軍刀術). 当時のフランス陸軍の制式剣術の詳細は知らないが, サーベル (サーブル) 術もこの頃伝わった可能性がある.

しかし, サーベルはもともと東欧で発展したものが西欧でも騎兵の剣術として普及したものである (といっても徒歩戦闘に関する資料はそれなりに見つかるが, 乗馬時の使い方はぜんぜん情報がない). 東欧のサーベル (ポーランドでは szabla シャブラという) は反りが大きい. 日本刀 (打刀) よりも反っているように見える. これは中央アジアの曲刀が伝わった結果と言われている. 一方で西欧のサーベルは時代が下るほど直刀に近づく. 有名な「パットンセイバー」も直刀である. 近代スポーツのフェンシングのサーブル種目でも, 国際フェンシング連盟 (FIE) は刃の湾曲を制限するルールを定めており, 湾曲の大きさは他2種目の剣とあまり変わらない*1.

比較的 (?) 有名で古典的なサーベルの教本として, Hutton (2006, Cold steel: The art of fencing with the sabre) がある. これはサーベル術の記述がメインだが, 軍隊用の実践的なマニュアルを指向しており, 後半には銃剣などの短剣を使う戦い方や, 16世紀イタリアの剣術家 Achille Marozzo による, 短剣を持った相手を徒手で制圧する方法の図解も掲載されている. しかしこの本の初版が書かれたのは19世紀末で, 著者は英国軍の騎兵将校であるから, 17世紀ごろの東欧での主流のサーベル術をそのまま受け継いでいるとは言い切れない.

握り方の変遷

ポーランド式のサーベルの形状や使用法の基本的なことがらについて, Marsden et al. (2014, Polish Saber: A Basic Guide by the HEMA Alliance) でまとめられているが, 以下の動画ではより要点だけが解説されている. 口頭説明はポーランド語だが, 英語字幕がある*2.

Polska Szermierka/ Polish Fencing - YouTube

これを要約すると, 次のようになる: 17世紀の教本には, 現代のような親指を立てる持ち方は教えられていない. むしろ絡めた親指を軸にしてムリネ (仏: moulinet; 剣を回転させるような斬撃) 動作をする. さらに, この動作を容易にするように親指を差し込む輪 (thumb ring) がガード付近に付いている. 以下のフォーラムに貼られている画像がわかりやすい*3.

www.vikingsword.com

18世紀のポーランドのサーベルには, フルディメント (波: furdyment; バスケットという意味) と呼ばれるグリップを持つリトアニア式サーベルがあった. これはヒルト (持ち手) の終端が90度湾曲しており, 従来の持ち方にも, 現代のスポーツとしてのフェンシングのピストル型グリップのような持ち方にも切り替えられる. ハンガリー式サーベルとはガードから伸びた護拳がポモー (柄頭) と繋がっていないサーベルを指す. これが18世紀前半ごろには完全に繋がった形となり, 結果として柄頭に90度の折れが発生したため, やはりピストルグリップのような持ち方ができるようになった. そして18世紀後半には, よく知られている鐙形や「ブリュッヒャー型」(英軍の1796年式騎兵サーベルの通称)サーベルのイメージに近い「P字型の護拳」が登場する. これ以降, 西欧ではピストル型に持って行うムリネ動作が主流となるという.

なお, ここで言及された17世紀のムリネ動作が先ほどの動画と同一人物によって紹介されている.

Podstawowe sekwencje cięć - YouTube

ここで, Hutton (2006) に戻ると, 図2のように, 親指を立てる持ち方が紹介されている.


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図2: 19世紀のサーベルの持ち方, Hutton (2006) より

このグリップはピストル型とは言えないが, 現在のスポーツとしてのフェンシングのサーブル種目と同じ持ち方である.

一方で, 第2共和政時代のポーランド軍のサーベルは, 同時代の西欧のサーベル*4と比べ, 相変わらず湾曲している. しかし以下のリンクで紹介されているように, 1917年式のサーベルのグリップ部分からは thumb ring を意識した意匠が見えるものの, thumb ring そのものはなくなっている. 持ち方については不明.


dobroni.pl
www.szablapolska.com

Jerzy Hoffman の2011年の映画 "1920 Bitwa Warszawska" (ワルシャワの戦い) でも, 17年式サーベルらしきものが登場する.

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1920 Bitwa Warszawska, Jerzy Hoffman, 2011.
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1920 Bitwa Warszawska, Jerzy Hoffman, 2011.

追記: この動画の解説では, ポーランド分割で主権を失ってからはポーランド流のサーベル術は一旦断絶し, WWII まではハンガリー流を起源とするフランス式など他の西側諸国の教条が支配的だったらしい.

www.youtube.com


蛇足: 『ウィッチャー3 DLC: 無情なる心』でも, オルギエルドがポーランド式 (thumb ring のないタイプの古い意匠の) のサーベルの戦い方を見せたが, ここで使っているサーベルはプレイヤーの選択しだいでゲラルトに譲られる. ゲラルトの戦闘アニメーションは両手で持つ剣の戦い方を元に作られているようなので, 片手でしか扱えないサーベルでは不適当である. そのため, ゲーム中でのサーベルは柄が延長されているので少し不自然である. どちらかというと, 中世のドイツで使われたという長鉈, kriegsmesser
のようにも見える. この辺はまだ調べていないので憶測だが, kriegemesser はサクスから発展した, サーベルとは無関係の武器のようにも思える. しかし, オルギエルドの動作は完全にサーベルのそれに基づいている.

なぜ持ち方が変わったか

ポーランド式のサーベル術を再現して対戦している映像が YouTube に投稿されている.

HEMA instructors fighting with the Polish saber - Lee Smith vs. Richard Marsden - YouTube

(どうでもいいけどすごいデザインのファウルカップだ)

Hutton 式のサーベル術の動画も存在する. 例えば以下.

Hutton Sabre Fencing - YouTube

(背後ではスポーツのほうのフェンシングの練習がなされ, 手前の2人もフェンシングの防具を使用しているが, 剣とヘルメットがあきらかにサーブル種目用のものではない*5. また, サーブル種目のルールでは上半身への攻撃のみ有効とみなされるが, この動画では頻繁に太ももへの攻撃がなされている. Hutton sabre などで検索すれば他にも動画が見つかる.)

まずはこれらの動画を比較して, ポーランド式サーベル術のムリネについて考えてみる.

動画を見てわかるように, ポーランド式ではムリネ動作が顕著に見られる. また, 刃の反りの大きさと, 前腕から手首の捻転を利用して, 対手の受けをかいくぐって有効打としているのが目立つ. 一方で, Hutton 方式では, 使用しているサーベルの刃の反りが弱く, ムリネ的な動作はほとんど見られず, より直線的な動きになっている*6*7.

傘を使ってポーランド式ムリネを真似してみたところ, 結構疲れることがわかった. 当時のサーベルの重量はだいたい1kg, 刃渡りは 80~90cm 程度といわれており*8, 傘はこれに対してやや短く, 軽い. 違いがあるとすれば, 持ち手の形状と, 重心の位置である. しかし, サーベルは物によって, 重心がポイントよりだったり, 刃の半ばにあったり, 付け根付近にあったりするという. 傘の持ち手は細く, 握りづらい, ムリネは極力, 肘と上腕を動かさず, 前腕, 手首, 指だけを使って行うため*9, 私が前腕を鍛えてないので筋肉量が少ない, ということも影響しているかもしれない.

2019/1/15 追記: 1日ほど振り回し続けたところ, 手首の動かし方に慣れて, 以前より重さを感じなくなった. やはり柄が細すぎて握りづらかったのが原因なようだ.

それを考慮しても, サーベルの振り方は, 日本の剣術での打ち込みなどと違い, 筋力よりも振り回した剣の重量のトルクを利用して叩きつけるような使い方なのだろう. Marsden et al. (2014) には, 腕と手首の筋肉の伸縮のみによる単純な斬撃では力が弱いということ*10と, ムリネはパワーを生み出すための回転動作であり, サーベル術として普及していたが, 19世紀以降はサーベルが軽量化され, 剣術からスポーツへ移行したことによりムリネは廃れた, という記述からも裏付けられる*11.

また, 片手だけで保持した剣は, 両手で持つより負担が大きい. おそらく両手と片手による利点は単純に2倍に換算できるものではない. 両手で保持することで, 左右からのバッティングに対しても太刀筋がぶれず, 正確に相手の急所を切りつけられるだろう. とみ新蔵の表現を借りるなら, 「ネバリ」がある, ということか. しかし, 動画ではサーベルどうしの戦いのため足の動きが少ないが, フットワークの説明を見るに, 長剣を持って頭や胴体に打ち込んできた対手に対しても正中線を反らしつつ戦えるようだ. そもそも, 騎乗戦闘も兼ねた剣術であるから, 自分も対手も片手しか使えず, かつフットワークを利用することが難しいという前提があるはずだ.

このような不利な状況を補うためにムリネ動作が用いられたと私は思う. よって, サーベルは元からネバリを捨てた剣術であり, 対手に受けられ反らされた剣の勢いも, ムリネによってそのまま活かしてただちに次の攻撃や防御に転じられるようにしているように見える.

ではなぜサーベルの軽量化が進み, ムリネ動作が廃れたのか*12. 19世紀以降は戦場で騎兵が抜刀突撃する機会は減ったが, それはそれとしてサーベル術の研究は続いていたはずである. Marsden et al. (2014) によれば, ポーランド式サーベル術の動作は, 同時代の他の剣術に比べて, 対手の手への攻撃を重視しているとしている. 対手の利き腕は攻撃を繰り出すために不可欠であり, しかし最もこちら側から近く, それでいて無防備で脆い . 当時のサーベルは護拳がないか, あっても現在のフェンシングのようなカップ型ではないため利き腕への防御能力は限られており, ほとんどあらゆる方向からの攻撃に弱い.

これ以降は私の憶測だが, よって太刀筋の可変的な曲刀が重視された. また, サーベルが湾曲し, 重量があるほどムリネが効果的になる. しかし, 19世紀では護拳が拡大したため腕部への攻撃が難しくなり*13, 代わってバイタルゾーンへの刺突を重視するようになった. 刺突に特化するため軽量化と直刀化がすすみ, ムリネを使う機会がなくなったのではないだろうか.

ではなぜ20世紀初頭のポーランドのサーベルが, 両者の過渡期のような中途半端な形状になったのか, という疑問が発生する. この仮説はまだ不十分なようだ.

今回はあまり多くの資料を確認したわけではない. たとえば, Marsden (2015, Polish saber: The use of the Polish saber on foot in the 17th century) とか絶対読むべきだろうが, ちょっと高いので今回は見送った.

参考文献


*1:2018年12月時点. http://fie.org/fie/documents/rules の material rules を参照.

*2:どうでもいいけど Plish とか olish とかなんでそこを誤字するのだろうか?

*3:ただし, 輪は左側にしか付いていないものが多く, 左手に持ち変えられないようだ.

*4:例えば英国の1908および1912式騎兵剣, そして米国の1913年式「パットン・セイバー」

*5:サーブルの刃はかなり細く, ヘルメットは通電するように金属面が露出しているのが普通

*6:そもそも, 親指を立てる持ち方では効果的なムリネができない.

*7:Hutton は著作の中で moulinet という語を使っているものの, もはや手首や指を使った回転動作の意味ではなく, 単に6通りの太刀筋を繰り出す動作, 程度の意味で使っている.

*8:典型的なサーベルの重量と寸法は Polska szabla husarska - special for Radu - Ethnographic Arms & Armour に書かれている.

*9:Marsden et al. (2014) によれば厳密にはこの動作は wrsit-moulinet と呼ばれ, 上腕も利用したムリネを arm-moulinet と呼び区別している.

*10:ただし, Marsden et al. (2014) や動画を見るに, 剣道と同じように攻撃動作を踏み込みによる体重移動と同時に行っている.

*11:31p: Moulinet = The moulinet is a type of cut in which the sword rotates to generate power. The moulinet was popular with older forms of saber, but was abandoned in the late 19th century as sabers became lighter and sporting techniques supplanted martial ones.

*12:この問題も真面目に調べたら答えが出てきそうだが, そこまでやる気力はなかった.

*13:手ではなく上腕や前腕が狙われた場合でも, 大きな護拳はちょうどボクシングのグローブのように周囲を防御しやすくするだろう