トビリシ (Tbilisi/თბილისი) からスラミ (Surami/სურამი) とゴリ (Gori/გორი) へ独りで日帰り旅行したときの話をする. 前回とは打って変わって, 大きな失敗はなかった.
概要
この話の前日にあたる前回は, ムツヘタへ行こうとしてミニバス (マルシルートカ) を探そうとして見つからなかったが, 今回はマルシルートカを駆使してスラミとゴリ両方を回ってしまおうと目論んだ. スラミはジョージア中部にあり, ゴリから西に少し離れたところにある小さな街である. どうやらナズキ (Nazuki/ნაზუქი) というパンの発祥の地で有名らしいが, おそらく外国人旅行者はあまり訪れない. しかし私はソヴィエト映画の「スラム砦の伝説 (Легенда о Сурамской крепости)」でその名を知っていたので1, かなり昔に「そのうち行こう」とGoogleマップに印をつけていた. 今回ジョージアに行く機会ができたので, 行ってみようと考えた. しかし, スラミは小さな街で, 砦以外にはあまり観光に行くような場所がない. そのため「スラミ砦」だけを見て, 近くにある都市ゴリも寄っていこうと考えた. ゴリはスラミより大きな街で, こちらはスターリン博物館などの観光名所があるので外国人旅行者も多い. Googleマップで検索すると, トビリシからスラミへのルートは見つからない. しかし地図を見ると, トビリシからスラミの近くまで明らかに線路や幹線道路が通っているので, 隔絶された無人の土地とは思えない. 近くにはハシュリ (Khashuri/ხაშური) という街があり, 鉄道駅もある. トビリシからハシュリなら, 少なくとも鉄道で行けるらしい. しかし, ジョージアの鉄道は本数が少なく, 早朝・昼・深夜にそれぞれ1,2本程度走っているような状態である. スラミを見るだけで丸一日潰すのは勿体ない気がしたので, ゴリも寄れないかと調べてみるが, この辺りは路線バスが全く見つからない. 本当に存在しないのか, Googleマップに登録されていないだけなのかはわからないが, 公共交通機関で移動できるのかははっきりしない. だが, ジョージアはあちこちにミニバスが走っているという漠然とした情報や, 公共交通機関が全くなければ地元住民が生活できないから, ないことはないだろう, くらいの大雑把な推理をしていた. とはいえ, 前日にディドゥベで失敗していたので少し不安ではあった. そのため, トビリシ・ハシュリ間だけ早朝の鉄道を使い, あとはミニバス (マルシルートカ) を使ってスラミ, ゴリそして帰路を移動する想定で出発した.
はじめに
スラミについて
ゴリについて
どうやって行くのか
ハシュリ駅まで

ジョージア鉄道は乗車口にいる車掌に検札してからもらう. QRコードとかはなく名前と座席番号で照会しているようだ. なお降車駅が近づくと車掌が知らせに来る.


駅の売店では年配の女性が軽食を売っており, 列車が到着すると停車時間の間は乗降口に張り付いて「ハチャプリ!ロビアニ!」と連呼していた. 年配の人は英語よりロシア語のほうが伝わりそうだなという偏見のもと, 「Сколько стоит (値段いくら)?」と訊ねると, 5ラリだと即答された. ただ, ジョージア特有の訛りというのがあり, ネイティブ発音と比べると軟音がなく, 「5」が「ピェート」とポーランド語のように聞こえたり, 子音前の В が「ウ」の音だったりする. ウクライナ語か?

標識に従って駅舎の外にあるトイレへ入ろうとするが, 扉が開かない. 近くで客待ちしていたタクシーかミニバスの運転手が, あっちでしろと言ってきた. こっちも初手ロシア語である. 「ロシア語わかるか?」くらいは訊いてきたが. 指さす方には廃屋のような建物がある. 近づくと, トイレどころか完全にただの廃屋だとわかった. しかし, 糞尿が落ちている上に小便臭い. ここでしろということか. 窓も扉もないので, 列車が通れば丸見えである. 用を足して戻ると, 駅員がトイレの鍵を開けているところだった…

ハシュリ駅は本当に何もない. 何もないところだが, 客待ちのタクシー運転手はいる. スラミに行くと言ったら10ラリでどうだと言われたが, マルシルートカに乗ることに意固地になっていたので断ったら, ミニバスならあっちだぞと言われた. スラミまでは5,6キロくらいなので, 歩いていけない距離でもないので, タクシーの10ラリはやや高い気もするが (とはいえさっき食べたハチャプリは5ラリである), トビリシや空港と違ってタクシー運転手に商売っ気がない…

ディドゥベと違い数両しかなかったので, スラミ行きはすぐ見つかった. 料金は1.5ラリだという. 田舎なので乗客が2,3人しかおらず, それらもハシュリの市街地の中心部で降りていった. 運転手と二人きりになると, どこから来たのかとか, 世間話をしてきた. もちろんロシア語で. ジョージア人がロシア語話せる率高いというのは本当らしい. ジョージア訛りのロシア語ではアクセントの区別があまりなく「я」を「ヤー」とはっきり発音するので「ヤポーネツ」と呼ばれた. それ以降この運転手は「おいヤポーネツ」みたいな感じで呼びかけてくるので, 日本のフィクションに出てくるロシア人みたいだなと内心思った. 訛りはあるが, ゆっくりはっきりと話するので, あまり勉強していない自分でもかなり言ってることを理解できた.

スラミ



スラミへはすぐ到着した. 街の中央で降ろしてもらうつもりだったが, 小さな街なので, これが主要な通りらしい. すぐ近くに「SURAMI FORTRESS」と書かれた案内看板があったので, それに従って歩いて行く.
スラミの道路から橋を渡れば, すぐスラミ砦に入れる. この辺は生活道路のような細い路地しかなく, 乗用車が駐車されていて道を塞いでいて道路なのか私有地なのかよくわからなくなっていることがある.










スラミで行きのミニバスの通った道路で待っていると, ミニバスが来たのでハシュリ駅へ戻った. 帰りは1.3ラリだった. 一応戻ったが, ゴリへ行く方法はまだ確定していない. なおこの日の鉄道は全て予約で埋まっている. 一応窓口で聞いてみようと思ったが昼休みで誰も対応してくれなかった. 一方で, 駅前のバスターミナルにはさっきのスラミ行きで乗ったミニバスの運転手がいて声をかけてきた「Сурами хорошо?」と. この人とはロシア語である程度コミュニケーションできることが分かっているので, ゴリへ行く方法を聞いた. すると, ここからゴリへ直行するバスはないが, 市内のバスターミナルからならゴリ行きのバスがあるという. 帰り道でミニバスらしきものが何台も停まっている場所が一瞬見えたので, たぶんあそこがバスターミナルなのだろう. だが, せっかくなのでバスターミナルまでもう一度乗せてもらうことにした.
ゴリへ



私がバスターミナルにたどり着いたのと同時に出発したミニバスに「ゴリ」と書いてあったような気がするが, 一瞬なので確信は持てない. とりあえずゴリへ行きたいと近くの運転手に言うと, じゃあこいつの車に乗れ, と言われた. 行先表示が違うのが気になるが, もう一度ゴリ行きなのかと確認するとそうだと答えるので乗ることにした. 値段は10ラリという.
出発するとすぐに, 風景が市街地から郊外の高速道路のような道になった. 車内には20ラリと書いてあるので, たぶんゴリより遠くに行くミニバスで, ゴリも経由するということなのだろう. 10ラリでいいというのは途中だから割引してくれたのだろう.

1時間くらい高速道路を走ると, ゴリへ近づいていることが Google マップでも分かった. しかしミニバスはそこでおもむろに高速道路の路肩に停車すると, 運転手からゴリに着いたぞ. と言われた. ゴリ市街地じゃなくだいぶ郊外で降ろされたのだった.
とはいえ, 5分くらい歩くとバス停があり, しばらく待っていると路線バスが来た. これに乗って15分くらいでゴリ市街地へ辿り着けた. なお, 路線バスはトビリシ市内と同じで非接触決済型クレジットカードで料金を支払える. Google マップにはゴリの路線バスの運行情報は登録されていない.



ゴリのバスターミナルらしき場所に着いたので, 車窓から見えたゴリ砦へ行った. ゴリ砦は無料開放されていた. スラミ砦が映画と見た目が違ったので, もしかしてゴリ砦で撮影したのかなどと想像していたが, 少なくともゴリ砦ではないようだ.
ゴリ砦




次に当初の予定に沿ってスターリン博物館へと行った. 路線バスがどこを通るかわからないし, そこまで遠くないので歩くことにした.
スターリン博物館
世界一有名なジョージア人は誰かといえば, 間違えなくスターリンだろう. ゴリはスターリンの生まれた街であり, 生家周辺を博物館にしたのがこのスターリン博物館である. スターリンは負の遺産も多く残した歴史上の人物だから, 治安が悪そうだななどと想像していたが, 博物館はふつうに賑わっていた.






スターリン博物館の入り口前には, ウプリスツィヘの個人ガイドツアーをしつこく勧誘してくる男性がいた. しかしこの男性は初手ロシア語で話しかけてくるため, 中国人観光客の多いスターリン博物館ではなかなか客を捕まえられていないように見える. (ちなみに, ゴリではポーランド語の会話が聞こえることもそこそこあった)



トビリシへの帰路
18時頃にゴリのバスターミナルへ戻った. トビリシ行きの札を掲げているミニバスが見つからないので, もしかして遅すぎたか? と思ったが, 「トビリシ?」と声を掛けてくる男性がいたので案内されるままに車に乗った. だがしばらくすると, 「やっぱこっち来い」, と別の車に乗り換えることになった. 車はいつものミニバス車両ではなく, ホンダエリシオンだった. しかし, 乗ってからしばらくして, ミニバスの行き先札を掲げていないことに気づいた. あれ, これは何か間違えたかな? とか, 昔イランで誘拐された中村聡志氏のことが脳裏をよぎったり, そこまでヤバい展開でなくてもボッタクリ白タクだったりしたらどうしよう, などと考えていた. だがしばらくすると運転手は思い出したように行先表示札を取り出したので, じゃあ大丈夫かと余計なことは考えないことにした. (ただし, しばらくするとこの札をすぐ引っ込めた. 何か意味があるのだろうか, あるいは何か小狡い細工かなんかじゃないだろうか? などとは思った.)
結局, 19時過ぎには無事にトビリシのディドゥベへ戻ってきたので, スラミ・ゴリの日帰り旅行は成功したと言える.
『スラム砦の伝説』のスラム砦はどこなのか
ジョージアのスラミにあるスラミ砦は, 『スラム砦の伝説』に見られる建造物とは形が違った. 比較的近くにあるゴリ砦も違う. では, 映画の「スラム砦」はどこで撮影されたのだろうか. 少し検索しただけでは分からなかったので, Reddit で質問してみたら, すぐ現地住民から回答があった.
https://www.reddit.com/r/Sakartvelo/comments/1wbrkzw/where_was_the_legend_of_suram_fortress_shot/
「スラム砦」はヘルトヴィシ (ხერთვისი) 砦とラバティ (რაბათის, またはアハルツィヘახალციხე) 砦で撮影されたのではないか, という. ただしラバティ砦は近年再建されたので, 映画当時の姿とはかなり違っているだろう, という. 観光地としては, むしろスラミよりも有名な場所だ.
たしかに, 「スラム砦」はもっと険しい山に建っていたり, 長い胸壁につながった塔が並んでいた. こちらのほうが雰囲気が似ている.

というわけで, いつになるかはわからないが, また行くべき場所が増えたのだった.
Footnotes
邦題は「スラム」と表記されているが, ロシア語ではスラミ/Сурами と書き, ジョージア語でも似たような発音である. 英訳者が言語に詳しくなかったのかもしれない.↩︎