Sarmaticus

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世界初のフルダイブ(物理)型VR剣術への道

景品表示法に関連する告知

この記事は, Diver-X 社の「ContactGloveやMagnetraに関する記事を書こう!キャンペーン」に奨励されて書かれたものであり, 私が期限内の投稿に成功すれば3,000円相当?の報奨が得られることになっている.

store.diver-x.jp

2024/1/11 追記: 書き忘れたことや分かりづらい書き方が多かったので何箇所が追記したり修正したりした.



要件

「世界初のフルダイブ(物理)型VR剣術」を実施するに当たって, 私が想定している要件は次のようなものである. 後半ほど技術的難度が高いと予想され, 現時点でも完全には実現していない.

  • 剣術の練習用途として優れていること. 特に, 長剣のような両手で持つこと前提の武器であっても, その物理的特性を生かした動作を反映できること.
  • フットワークの練習もできること. 座ったり突っ立ったまま遊ぶのではなく, 基本的な足の動きも支障なくできること.
  • 剣を使わない動作にもある程度対応できること. つまり, VRプレイ中に剣を持ち替えたり, 瞬時に徒手戦闘に切り替えられるようにしたい.
  • VRゲーム内に練習台となる優れたNPCがいること

具体的にどういうことをしたいか, これだけではよくわからないかもしれない. 諸事情により, 私自身が実践している様子や, あまり具体的な技術への言及はできない. しかし, この動画は私のやっていることに比較的近い. これを見れば, 全く見当もつかないという人でも, これからどういうことがしたいのか多少は想像できるかもしれない.

youtu.be

この動画はやや「演出」を重視した内容である. それに, 片手剣しか使っていない. しかし, これでも雰囲気を知るには十分だと思う. 以降は, より技術的な内容の動画である.

www.youtube.com


www.youtube.com

youtu.be


www.youtube.com


ここで, 「完全に現実と同じ」であることを求めているわけではない, と強調したい. 構想段階でも既に, それは不可能であると判断している. 現実のことは現実でやれば良い. むしろ, 現実ではやれないこともでできる余地がある, ということが重要だと考えている. そういう意味では, VR ではなく複合現実 (MR) と呼べるかもしれない.*1例えば, 上記の動画では, 演出や見やすさのために防具をつけていないものが多いが, 危険なのでスパーリングの際にはもっと厳重に防具を付けるはずだ. さらに, 第5の動画のように, 格闘や関節技も交えるようになるとかなり危険になり, 軽率な行動が怪我につながりやすくなる. こういう場面は, 最もVRが参入しやすいと予想できる.

追記: 日本独自の事情もある. 日本に住んでいると, このような練習の機会が, 人的にも物的にもとても乏しい. 私は, 今年2月になって初めて, ウィーンで上記の (一番上以外の)動画を上げている人たちと練習できた.


構成


VRバイス

以下のVRバイスを使用している.


環境

  • 広い部屋, 8畳間相当
  • クロマキー合成用背景
  • Logitech StreamCam
  • その他いろいろな小道具

ソフトウェア

主に以下を使用している.

  • Windows OS 11
  • Steam VR
  • LIV
  • Blade and Sorcery (BaS)
  • BaSの多数のmod
  • OBS Studio
  • Stop Sign VR
  • OVR Advanced Settings

ハードウェアの詳細


VRバイスについて

Valve Index は一般向けのVRバイスでは高価な部類である. 以下2点の理由でこれを採用した.

  1. アウトサイドイン方式なので追跡精度が高く, かつレイテンシが小さいと考えられる
  2. 視野角が一般向けモデルでは最も広い部類に入る
  3. 感圧式コントローラの操作感覚が今回の用途に適していると考えられる

例えば Meta Quest2 は安価だがインサイドアウト方式である. インサイドアウト方式は現状 HMD 内蔵カメラの画像の差分からHMDの位置を推定するしくみなので, アウトインサイドに比べ追跡の遅延と精度が劣るのではないかと判断して買わなかった.*2. その代わりに Valve Index のヘッドセットはケーブルで接続するため, プレイ中の大きな動き, 特に回転によって身体に絡まりやすい. そのため, 最大4m程度まで伸びるカーテン用の突っ張り棒を通して吊り下げている. 単に吊り下げるだけではコードのたるみが発生するので, Kiwi Design の Cable Management Pulley System を3個使用している.

Silent VR Cable Management Pulley Systemwww.kiwidesign.com

ちなみに, 小型犬の散歩用の伸縮リードも代用できないか試してみた. しかし, 大きさや張力が適していなかった.

どのコントローラを選ぶかも重要である. 今回の用途では, VRプレイ中はほとんど常に握る動作をしている. ボタンを押してオブジェクトを掴む, というような, 現実と一致しない操作で代用したくない. そこで, 手を開いたり握ったりして操作できる Valve Index のコントローラを使用し,*3 後にContactGloveに移行した.


ContactGlove

ContactGlove とは, Diver-X 社が作った手袋型のVRバイスである. これを一部改造して使っている. ContactGlove に関する話は長いので詳細は後で書く. 当初は Valve Indexコントローラを使っていたが, 現在は ContactGloveを使用している.

この画像はかなり改造しているため, ContactGloveの商品画像としては不適切である


シンセティックソード

ContactGlove によって, 武器を握りながらプレイできるようになった. そこで, スペインのBlack Fencer製のシンセティックソードを握ることにした. シンセティックソードとはプラスチック製の模造剣のことである. Black Fencer製のシンセティックソードは, 鋼鉄で作った実剣に近い寸法と重量になるよう作られている*4. さらに, 数年前からは室内で素振りできるように, 刀身を切り詰めて重りで補った Home Trainer シリーズが販売されている. 今回は Long Sword Home Trainer を使用している. 全長は70cm程度で, 重量は 1.6kgくらいある.

Home Trainer の全体像


トラッカー

最後に, Vive Tracker も3点購入した. 3.0 の発売直後で 2.0 が在庫処分中だったので多少安く買えた. なお, 今回使用するBaSは, 2024年1月時点で, 最大でも6点のトラッキングにしか対応していない.

Vive Tracker 2.0 は 3.0 や Tundra と比べて重い. ネット上の口コミ, そしておそらくVRChatユーザーの間では, 極力軽く小さいものが好まれるようだが, 私は重さが気にならなかったので, 2.0を使っている. 2.0はトラッカーごとにドングルが必要になるため, USBハブがあるといい.

ちなみにトラッカーのドングルは互いに離すことが推奨されているが, 私の場合は USB ハブにそのまま刺してもほとんど問題は発生しなかった.


トラッカーの固定について

最初はトラッカーを運動靴の紐に引っ掛けていたが, どうしても揺れるため, 専用のストラップを買った. Rebuff Reality の腰+足x2のストラップは足は問題ないが, 腰に固定するベルトがかなり細くトラッカーの重量に耐えられずよく揺れる. つまり役に立たなかった. むしろ, 既に VRゲーム・VRChatユーザ界隈で以前から知られている*5, 骨盤矯正ベルトのほうが適していると思う. 幅は広く頑丈なので動いていてずれることが少ない.

今買うならば, 足の固定ベルトはEOZのほうが良いかもしれない. Buff Reality のものは足に巻きつけるだけなので, 土踏まずに違和感があるが, EOZ製のものは土踏まず部分が薄い. 私は TGS 2023でノベルティとして腕用ベルトをもらった. 作りがしっかりしており, 他の製品も見た限りはしっかりしてそうである. Info Freeが日本の販売代理店をしている.

EoZ VRトラッカー用ストラップ 足用 ver.2market.intofree.world

価格が高く感じられるかもしれないが, Buff Reality もこれくらい高かった.

骨盤矯正ベルトとトラッカー



ContactGlove について


ContactGlove以前の状況

ContactGloveを入手する以前に試していたことをここに書いておく. 要約するとこのようになる.

  • Valve Indexコントローラでは, 剣の重みや, 両手で握る剣の感覚を得にくい
  • コントローラを接続する既存のアクセサリーではやりたいことができない
  • DIYも試したが自分の技術力の問題で困難だった

以前はValve Indexコントローラを利用していた. コントローラを握ればVR内でも握る動作できるという強い優位があったからだ. しかし, VR コントローラは現実の武器と重量も重心の位置も違うので, かなり違和感がある. 武器の重量は, たとえそれが重い武器であったとしても, 余計な力を入れずに効率的に扱うために重要な要素の1つになる. よって現実の武器とまったく異なる重さを感じながらゲーム中で武器を振り回していては, 練習から得られるものに限りがある. そこで, コントローラを加工する必要があるが, Valve Index は曲線の多い形状で, かつ無駄に出っ張った部位がなく, 何かを固定するのが難しい. それにあちこちに赤外線センサーの受光器が埋め込まれているため, 遮断しないように取り付ける必要がある. さらに, 重量物を両手で振り回すため, かなり強いねじりの力がかかるはずだ. コントローラはおそらくそのような負荷を想定していない. これらの問題を解決できる工作を自分でやる力はない. VR コントローラに部品を増設して新しい体験をもたらす製品はすでにいろいろ出回っているが, 剣や槍のような操作感覚をもたらす製品は見つけられなかった. 実際に試したのは Magni Stock というものだ. 本来は小銃のような持ち方にさせるための製品だ. コントローラの下部に取り付けた部品とストック部分は, 強い磁石で接着されているため, プレイ中に外せる.

Magni Stock+ VR Carbon Fiber Controller Stock Adapterwww.glistco.com

Magni Stock の可動部分をうまく調整して, 剣の持ち方に近い位置に調整することを試した. ある程度はそれらしい体験になったと言えるが, 不満はいくつも残された.

  • コントローラ自体が大きいため, 実際の剣より両手の間隔が広い
  • 握る部位が一直線になるよう位置調整するのが難しい.
  • ねじりの力がかかるため, 棒とコントローラを接着している磁石が, 外れてほしくない時ほど外れやすい
  • 部品の微妙なたわみに違和感がある
  • 相変わらず, 重さは感じられない

Magni Stock を使った際に録画したものが残っている.*6

www.twitch.tv

コントローラが大きいため, 互いに干渉してしまう

これはドイツの剣術家の Björn Rüther 氏が作らせた, 変則的な長さの柄をもつ長剣の紹介動画である. とある3Dモデラーとmod作成者が彼の剣のレプリカをゲーム内に登場させるmodを作ってくれたので, 一時期はこの柄の長い剣を持っているという想定で妥協していた.
www.youtube.com

両手の握りこぶしを近づけ, なおかつ一直線になるように調整するのは難しい
自由雲台のクランプとボールジョイントに置き換えた場合は, たわみが大きくなり外しにくくもなった
雲台用のクリップを連結してシンセティックソードを連結することも試したが, ボールジョイント部の保持力が足りずにすぐ外れた

片手剣であればこういった問題を気にしなくても良い思う人もいるかもしれないが, やはり重さの違いが大きいので, 結局Magni Stockでは要件を満たせない. このような検証結果から, 既存のコントローラを接続する方法では解決が難しいと判断した. 代わりに, 現実の物体を握りながらプレイできる手袋型のデバイスが必要ではないかと考えていた.


ContactGlove の使用

  • ContactGloveは, 現時点で, 一般人が最も入手しやすい手袋型VRバイスである.
  • 細かい不満点を除けば, 従来のコントローラと比べて飛躍的に剣を握る感覚にリアリティがもたらされた.
  • 一方で, VRバイスの進化に伴った, 新たな課題も浮上した.

執筆時点では, ContactGloveはおそらく唯一の手袋型デバイスであり, いくつかある法人向け製品よりもかなり安価だと思われる.*7

diver-x.jp

ContactGloveは, 手袋の中に曲げセンサーを挿入して作られた手袋型VRコントローラであり, Steam VR 環境では Valve Index と同等の入力が行える. 私はKickstarterでのクラウドファンディングの時点で投資したため初期型から使っているが, 現在はボタン部分が一新されたMagnetra*8に置き換わっているため, こちらを基準に評価する. センサー素材の硬さを改良した rev.2*9は使用していない. 現在はファームウェアや設定用アプリケーションも改良されているため, ジェスチャーの感度やボタン割り当てなどの細かい設定が可能となっている.

Magnetraの拡大写真

実際に使用した際の動画が以下になる. Magnetraは使っておらず, ファームウェアもかなり初期のバージョンの頃に録画している.

www.twitch.tv

こちらは設定アプリケーションがv1.1の頃のものであり, VRChatでの動作を優先したために, Steam VR上でのトラッカーの位置と角度がずれていた. 現在は修正されている.

www.twitch.tv

さらに, 今回の使い方で注意すべき観点もいくつか補足する. まず, ボタン操作はあまり必要にならない. いくつかのゲーム然としたインターフェースの操作にボタンが必要となるが, ジェスチャーとの併用が必要な場面はかなり少ない. そのため, ほとんどの場面ではボタンが邪魔になる. シンセティックソードの素材と形状にも注意が必要になる. 長剣は右手で鍔の近くを握るものだ. 左手は人によって差があるが, 手袋に大きな部品が付いていると邪魔になりやすいだろう. また, 柄の部分は滑り止めのため, 麻縄のようなものを巻き付けた上で, 樹脂か何かで固めている*10.

Home Trainer の柄

ちなみに, Magnetara以前のバージョンでは, 指から移動用スティックが突出していた. 小さい部品だが, 手を握った際にはそこそこ邪魔になる. 固定もされていないのでずれやすい. 握る際に邪魔にならず, なおかつ使いたい時に指の届く位置に配置するのは難しかった.

ついに, 剣を持ったままVRNPCとの戦闘が可能となった.

2023年の8月に配達されてすぐプレイした時は, まだファームウェアや設定アプリケーションの改良が不十分だったため, 細かい不具合が残ったが, それでも実物の剣に近い重量を感じながらVRゲーム上で戦える体験に, 非常に感動を覚えた. 従来のコントローラのみの重量しか感じない状態では, 実際にはありえない速さで剣を振り回してしまう*11. ContactGloveによって, より現実的な速さでの動きを思い知らされながら, AIと戦闘ができる. なお, 後述するように, 私はプログラムを改造して一切のチートを制約している. 私の言うチート行為には, 魔法攻撃や自分だけが速く動けるスローモーションなども含まれている.

重量感を持った剣を握ったままVRをプレイできるというという当初の期待は満たされた. この点は, 従来の試みから大きな進歩だった. 一方で, 今回の目的に対して, ContactGlove では以下のような課題が残った. 項目の数は多いが, 一つ一つは細かい問題であり, 総合してもContactGloveを使ったほうが良いと判断できる程度である.

  1. Magnetraと剣の鍔が露骨に干渉し, かつ磁石による接着は外れやすく不便である
  2. 装着したトラッカーがずれることがある
  3. Valve Indexコントロ―ラと比べ, 追跡がぶれることが多い
  4. 手の握り・離しの感度の調整が難しい
  5. 手袋部分の堅牢さに難がある
  6. 未だにボタンの保持を粘着テープに頼っている
  7. ドキュメントの場所・内容がわかりにくい

1番目は今回の用途に特有の問題だろう. 画像のように, 鍔と露骨に干渉する. 外側に回転させれば干渉しないが, ヒンジは磁石による接着のため外れやすい. 磁石ではなく固定して回転するような構造のほうが, 今回の用途には向いていそうである. 同じ理由で, Magnetraの位置変更に失敗すると, ケーブルを繋げたまま振り回したり, ケーブルが剣の鍔に引っかかるなどして破損する恐れがあるだろう. VRのプレイ中は適切な角度に回転させられたか確認するのは難しい.

操作位置にあるMagnetraと, 外した状態の比較図, 位置は問題ないが, 磁石であるため動かすたびに外れやすい.

Magnetra の細かい不満点はもう1つある. 垂直に力を加えないとボタンを押しづらい点である. 斜めに力を加えると, 引っかかってうまく押せないことが多いため, 素早くボタンを押そうとして失敗することがたまにある.

2番目は, 以前存在した, 指先側に射出される問題とは異なる. 完全に外れることはないが, 手首側にずれる問題が残っている.

3番目は, 厳密にはContactGlove本体の問題ではないと考えている. 手の甲を上に向けた状態ではあまり気にならないが, 掌を垂直にするとしばしば振動が発生する. おそらくは, グローブの追跡に使うトラッカーが小さすぎるせいではないかと思う. ContactGloveに標準で付属しているTundraトラッカーは掌に収まる大きさなので, 自分の手によって簡単にベースステーションから遮断され, 頻繁に1台のベースステーションでしか捕捉できていない状態になってしまうからではないかと疑っている. しかしながら, Viveトラッカー2.0に変更してもこの問題は改善しなかったので, Valve Indexコントローラのように, 受光器がかなり大きく張り出した形状でないと追跡が安定しない可能性がある. 小さすぎるデバイスが遮断される問題は, 少し割高だが, ベースステーションを増設して4台以上で運用すれば解決できるかもしれない.

トラッカーの揺れが大きいという指摘をしている人は私以外に見たことがなく, 私自身にとってもそこまで支障をきたしているわけではないため, ほとんどの人にとっては無視できる問題なのかも知れない.

Tundraは掌で簡単に遮蔽されてしまう?

現状の設定アプリケーションでは, 握りの判定をシビアにするために握りの感度を鈍らせることと, 遅延なく剣を手放すことを両立するような調整が難しい. これが第4の問題である. 剣の戦闘から瞬時に徒手格闘に切り替える技術は, 古い文献に Ringen am Schwert という名称で記述がある. 今はまだあまり練習していないが, 将来的には比重を増やしたいと考えている. そのため, 握り離しの感度をより正確にすることは, 将来の課題になる.

感度の問題に関連して補足する. ネット上の口コミでは, rev.1は曲げセンサーが硬すぎるという声が多かったが, 私は単に握るだけなので, 曲げた関節に当たるのが少し気になるだけで, さほど支障はなかった. また, 指の一本一本の曲げ角度の追従精度を期待していた一部の人たちからも, 期待していた精度ではなかった*12という不満が見られたが, 私の用途では特に気にならなかった. 自分は握りしめるだけでいいし.

5番目は, ContactGloveの掌部分にはポリエステル素材のメッシュが使われているのが問題である. 私の用途では, このような脆い素材ではすぐに擦り切れてしまう. そのため, 革などを使った頑丈な作業用手袋にセンサーを着けることを検討している. 加えて, より頑丈な手袋に取り替えても, 手袋は基本的に消耗品であるため, センサーの移植を簡単にする方法を確立しなければならない. 6番目も, 同様の理由で問題になる. 毎回粘着テープを用意しなければならない. なお, 写真のContactGloveの多くでは, 指先部分を切除している. この加工を行った理由は, modの開発中に実際の動作確認を通したデバッグを速やかに行えるよう, ContactGloveを付けたままタイピングしたかったためであり, 剣術に必須なわけではない. 私が購入したものはサイズが合わなかったので, 着けたままではタイピングがとてもしづらかった.

手袋の指先を切り落とし, 布が余ったり, メッシュがほつれたりしないように, 裁縫糸で締め付けて縫っている. サイズが合っていればここまでしなくともよいかもしれない.

最後に, 現時点ではContactGloveのドキュメントはあまり整備されていない箇所が残っている. 人員の少ないスタートアップ企業らしいから, どうしても後手に回るのだろうか. 一応, 少しづつ改善してはいる. 加えて, 製品に関するリリースノートや重要な発表はTwitter(X)上でのみアナウンスされることも多いため, 常にアカウントを確認しないと現在の状況が把握できないことがある.


手袋型デバイスによって判明した新たな課題

さらに2点の問題が判明した. 前述の7点の問題はContactGlove固有のものであり, 今後の製品のアップデートや, ユーザー側の簡単な工夫である程度回避できそうであるが, 以下は手袋型デバイス全般で発生する可能性があり, なおかつ深刻である.

  1. 実際の剣の向きとゲーム内での向きがよくずれる
  2. 剣がヘッドセットのケーブルに引っかかる

8番目の課題は, より正確には手袋型デバイス独自の問題の範囲をさらに超えているかもしれない. 検証の範囲では, ずれの多くは, ゲーム内でのアバターの握り方と自分の握り方が一致していないことに加え, 半ば無意識に行っている, 手首の角度や握り方の微妙な変化をVRバイスでは捉えられていないことが原因で発生していた. ContactGlove だけでなく, 手首にもトラッカーを装着し精度を上げたり, ソフトウェア側で位置を動的に変更する機能が必要だろう*13*14.

最後は特に問題である. 短い Home Trainer であっても頻繁に引っかかる. より正しいフォームで剣を振るとケーブルに非常に引っかかりやすくなるというのが, 動画での動きが悪い一因だ.

例えばこのように, 頭上で水平に近い角度で剣を振る動作は, 当時の剣術の基本的な攻撃方法の1つである. これをやるとまず間違いなくケーブルに引っかかる
youtu.be


ソフトウェアの詳細

使用しているゲームタイトルは Blade and Sorcery (以下, BaS) だけである. それに加えて, 快適な環境のために追加のソフトウェアをいくつか使用している. LIV と OBS Studio は録画のために使用する. フォームチェックのため, LIV Mixed Reality を使用して自分の動きを合成している. さらに, OBS Studio は MR映像とHMDの主観視点の映像を容易に同時に録画できる点や, YouTubeやTwitchのストリーミング配信に連携できる点で便利だが, 録画ソフトは他にもあるため必須ではない. なお, 録画に際してクロマキー合成用の緑色の幕や, 緑色に塗装した段ボールの床敷き, Logitech StreamCam などを使用している.

Stop Sign VR と OBS Advanced Settings は, プレイエリアの境界を見やすくするために使用している. Steam VR v2.3.1 現在は, プレイエリアを表示する線は細く, なおかつ単色でしか指定できないため, かなり視認性が悪く, しばしばプレイエリアを超えて壁や障害物に身体が触れてとても危険である. そのため, より目立つ線を表示したり, Steam VR では公式にサポートされなくなった表示オプションを使えるようにする, この2つのソフトを併用している. どちらも無料である. しかし, これらにより改善してはいるが, まだ不十分だと考えている. これらのツールにより, 壁面の境界線は目立つようになったが, 単色での指定しかできないため, 背景によっては見づらい問題は解消していない. また, これらの境界線や標識を常時表示していると, ゲーム画面が見づらくなる. そのため境界線を, 壁に一定以上接近したときのみ境界円表示する設定にするのが普通だが, 移動し始めたタイミングでは境界線がどこにあるのか全く分からず, 表示され始めた時点では勢いが付きすぎて止まれない場合がある, という欠陥がある. こういった状況に対処するためのオプションは, Steam VR本体はもちろん, これらのツールでも乏しい. Steam VRに対してかなり前からこの問題と改善の要望をフォーラムに投稿したが, あまり取り合ってもらえていない. しまいには「俺はむしろ非表示にしたい」というお門違いなコメントをする輩まで現れた.

Steam VR で最も境界線が目立つと考えられる設定では, このようになる. しばしば背景に溶け込み, 非常に視認性が悪く危険である.
2種類のツールを使い, 壁面により目立つ境界線を表示し, なおかつ床の境界線を常時表示するようにしている. 壁にほぼ触れる距離まで近づくと, 一面に「STOP」と表示される. 一方で, 近づいていない壁の視認性は相変わらず悪い.


Blade and Sorcery について

BaS は, Steam VR向け*15の, 剣(と魔法)を使った人型のNPCとの戦闘が特徴のタイトルであり, 今回の用途に非常に適している. Swords of Gargantua, Swordsman VR, Battle Talent など類似のタイトルは多数存在するが, 私は以下の理由からBaSを選んだ.

  1. 物理エンジンを積極的に利用しているため, オブジェクトやアクターにゲーム然とした挙動が少ない
  2. 開発側も「ゲーム然」としたデザインを嫌っている
  3. Unityを使って開発されており, なおかつ開発側がModの発展に対して非常に積極的であるため, 改造も容易である
  4. 現時点でmod資産も豊富である.
www.warpfrog.com

他のタイトルでは, 特にアクターの動作に物理エンジンを使わない事が多く, 現実的なリアクションが得られない. その点BaSは多くを物理エンジンに委ねているため, 改善点が分かりやすい.

開発側は, しばしば, ゲーム的な設計を嫌っていることを表明している. 従来のゲームのようなプロンプトやアドバイスが容赦なく虚空から現れるようなUI設計を嫌悪しており , VRでこそできる没入感のある演出を追求している. 加えて, BaS開発の主要人物であるKospY自身に, mod作成者という経歴があり*16, なおかつ, 技術力のあるmod作成者から引き抜かれた開発メンバーはかなり多いようだ. 公式Discordチャンネルを数年見ていたところ, よくmod作成初心者にアドバイスしていたベテラン作成者がいつの間にか開発メンバーになっていた, ということが何度もあった. mod作成者がmod開発しやすいように改良してほしい, という要求に対しても, よく議論に応じてくれているのが見られる.


Mod について

BaSはmodが豊富である. 既にNexusModsで多くのmodが登録されており, さらに, 以前も私が書いたように, U12の更新では, ヘッドセットをつけたままMod.ioというmod配信サイトにゲーム内からアクセスし, ゲーム内でmodをダウンロードしたり管理したりできるという, 画期的な機能が追加されている.

under-identified.hatenablog.com

今回の目的のために, 私自身もいくつかmodを作成している. 一部は開発中であり, まだ使いづらい箇所が残っている.

Edge Incidence Angle Indicator は, ゲーム内での剣の入射角度をプレイ中に視覚化するプログラムである. フォームチェックと, トラッキングのずれの検証の両方で利用するために開発した.

Immersive Handle Controls は, BaSとSteam VRのボタンバインディングの不満を解消するためのプログラムである. BaSでは, ボタンを押すと握っているオブジェクトを手の中で滑らせられる. しかし, ボタンを押す動作は現実では握る動作に対応するため, 非常に違和感がある. Steam VR側にもBaS側にも変更するオプションがないため, Harmonyを使用したスクリプトのオーバーライドで対処した. 将来的には, 指の曲げセンサーの入力をより精緻に反映させることと, 握り以外の, 手首より先の細かい動きを反映する機能も追加したい.

Realistic Physics Overhaul は, BaSの物理演算挙動を調整するものであるが, 物理エンジンの修正や改善をするというよりも, 物理エンジンが反映されていない箇所の挙動を調整する, といったほうが現状の実態を表している. 現時点ではさらなる改良が必要な箇所が多い.


結論

ContactGlove の使用によって, 重みのある剣を振りながらVR戦闘が可能になった. この結果, 剣の重みに影響された現実的な速度の攻撃になり, かつ従来のVRゲームのハードウェアおよびソフトウェアの両面で, 何が現実的なプレイを妨げていたのかを明確にできた. この点は, 2023年の大きな進歩だった. ContactGlove の使用によって, 完成度が高いと考えていたハード面にいまだ問題があることが判明したことが大きい. つまり, VRプレイ中にシンセティックソードを振ると, Valve Index 等の有線ヘッドセットのケーブルに非常に引っかかりやすく, 危険であるということだ. しかし一方で, Questのような無線かつ外部センサーを使用しないアウトインサイド方式では, 求める追跡精度を得られない. この問題は, Nofio Wireless Adapter によって解決できることを期待している. なお, Nofio はまだ予約段階であり, 一般に出回るのは2024年の春以降とされている.

TGS 2023 での試遊時に撮影したNofio試作機

俺たちの戦いはこれからだ!!



*1:この要件を達成するにはMRデバイスのほうが適しているとも思っているが, 現時点では私の求める性能に達している市販デバイスは存在しない. 将来的にも出ないような気がする.

*2:Quest は使用したことがないので実際に気になるレベルの遅延なのかはわからない

*3:購入当時は性能の近いVive製品のセールが行われていたが, このような理由で Valve Index のデバイスが一式そろった VR kitを選んだ

*4:なお, 公式サイトのフォームには日本の選択肢があるが, ここでは注文をしないほうが良い. 海外通販と模造剣の輸入事情に詳しくない人は, 代理店をやっているここに一度問い合わせると良いだろう. http://kishinokura.shop-pro.jp/

*5:例えば, https://note.com/ygr/n/n931c1d479cf0 でも紹介されている.

*6:動きがあまり良くないのは, 単純に練習不足であるのと, 部屋を傷つけることを恐れて大きく動けないという2つの理由がある.

*7:価格は一般公開されていないことが多いため, 推測である. 2023年から消費者向けに出回り始めた bHaptics の TactGlove DK1も近い価格帯のようである. しかし, TGS 2023で試遊した際の体感では, インサイドアウト方式だからか, 追従精度に不満が残った. これもLightHouse環境が必須だと考える理由の1つである.

*8:https://twitter.com/DiverX_VR/status/1713906676200603815

*9:https://twitter.com/DiverX_VR/status/1709471812231532923

*10:メーカーのサイトでも詳しく書いていないため, 何の素材なのか分からない.

*11:重い剣であってもなるべく速く振る技術ももちろんある. しかし, そのようなツッコミは本質的ではないし, 現時点ではそういう技術をVR上で再現するのはまだ難しい.

*12:Steam VRとの互換性や, 表示上はValve Index コントローラ扱いになっていることなどから, Valve Indexのエミュレータのような形で実装されており, Valve Index コントローラより細かいことはできないのではないかと思われる.

*13:Blade and Sorcery はU12.3時点では手首のトラッキングに対応していない. そのため, トラッカーの増設には大掛かりな改造が必要になる.

*14:追記: VR中と現実の武器の位置を最も正確に一致させる方法は, 武器側にもトラッカーを付けることである. しかし, 使用しているゲームタイトルでは, トラッカーの増設に対応していないため, 自分でプログラムを書く必要がある. なおかつ, 武器の形状や長さが変わった場合のカリブレーションの手間も考えると, かなり大変そうである. そのため, この案を試すのは後回しになっている.

*15:現時点ではQueatに対応している Nomad版は画質のデチューンやスクリプトによるmodに対応できてないなど, いくらか劣る点があるが, 後者に関しては完全な互換を目指している.

*16:https://blog.mod.io/the-journey-of-kospy-from-modder-to-vr-pioneer-a022d63d9399