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『ウィッチャー3 ワイルドハント』の BGM の謎の歌詞を訳す

概要

ウィッチャー3 の本編及び DLC をプレイ済みであること前提のため, 不意のネタバレに気をつけること(あまりにも致命的なスポイラーは書いてないつもりだが).

作中でプリシラの歌う『スグリの苦さ、リラの甘さ*1』やタイトル画面で流れるもの (Lullaby of Woe)、DLC『無情なる心』の童謡 "A Gifted Man Brings Gifts Galore" のように、日本語で歌詞が文字に起こされているものは解説を略する*2. よって, ここで紹介するのは主に戦闘中に流れるあの呪文めいた歌である. 歌詞は様々な言語に由来するが, 私はそれぞれに通じた専門家というわけではない. そのため, 誤りに気づいた専門家からの指摘を歓迎する.

以下の BGM の歌詞について翻訳したものを掲載する.

1. The Trail
2. Whispers of Oxenfurt (Bonnie at Morn)
3. Eyes Of The Wolf (Oj, Dido)
4. Steel for Humans (Lazare, バナナタイガー)
5. The Song of the Sword-Dancer (Добры вечар)
6. Words On Wind (The Field of Ard Skellig)
7. Widow Maker (Naranca)
8. You're... Immortal? (Dziewczyna Swarożyca)
9. DLC: 血塗られた美酒で NPC が歌っていたやつ (タイトル不明)

ついでに流れでそれぞれのBGMの元ネタも多少は掘り下げてみた.

ウィッチャー3 の BGM について

サウンドコンポーザー, ミコワイ・ストロインスキへのインタビュー記事によると,

In order to nail the Slavic portion of the soundtrack I had to do some research and listen to a couple of folk bands from Poland but expand it with Balkan music as well. The pivotal point between the two styles is Bulgaria. The rest of my inspiration was folk music from Ireland and Scotland. I combined all this with everything else that resonates in my head after years of working on and listening to all kinds of music.

インタビューからの抜粋

ポーランド語にとどまらずバルカン半島にまで手を広げてスラブ民族音楽を取り入れ, さらにはアイルランドスコットランド民族音楽にもひらめきを得ている, とのこと.

なお, BGM の多くはポーランドのフォーク・メタルバンド, パーツィヴァル(Percival) の過去の作品を再編集したものであるようだ.

基本的に 固有名詞はスパイク・チュンソフトの日本語訳に準じておく. 公式な日本語訳, 定着した訳語があるものはなるべくそちらに準じるが, 実際には定着した訳語はあまりないので基本的に私家訳となる. そうでないもののみ, 「邦題」 とか注意書きをつけておいた. 今回言及するのは、主にオリジナルゲームサウンドトラック*3から.

The Witcher 3 Wild Hunt Original Game Soundtrack - Marcin Przybyłowicz & Mikolai Stroinski


この記事で言及されていないタイトルは、基本的に歌詞がないか、あっても意味をなさないものである (聞き漏れがないとは保証できない)。


ウィッチャー3 オリジナルゲームサウンドトラック

トラック 1: The Trail

最初の公式トレイラーで流れていたもの

www.youtube.com

冒頭の “słyszę~~!” 以外に意味のある言葉はなさそうだ.

ただし, パーツィヴァルの “Słyszę” が元になっており, こちらはその後の歌詞も存在する. ここの Radoslaw Dlugowski の投稿によると, ヤン・ボレスワフ・オジュク (Jan Bolesław Ożóg) の "暑い午後 (Upalne południe)" という歌の最初のスタンザから取っているらしい. なお, 雰囲気は全く違うが, グウェントプレイ時やノヴィグラドの大司教広場前などで流れる “Merchants of Novigrad” もこの歌曲のアレンジのようである.

Dlugowski はさらにこの動画を投稿し元の歌詞を英訳を試みている. しかし, 本人が弁解しているように, 上手に訳せていないのでちょっと意味がわかりにくい. しかし, 文句を言っても自分がやってみてもなおさら原語の意味を汲み取れないため, おとなしく彼の英訳に基づいて訳してみる.

Słyszę, słyszę w południe tętent lipowych bogów
Na moście niezabudką przybitym do rozłogów.
Śródpolny im policzki wiatr opala zielone
I konie ich biegają w tę stronę i tę stronę.

Dlugowskiの書き起こした歌詞

和訳:

聞いた, 聞いた, 午後のこと, 聖なる菩提樹*4の蹄の音
橋の上に匍匐枝の食い込むこと, 忘れることができぬ
そこで彼らの頬に風が緑色に吹き付ける
そして馬たちがおのおのの道を駆けてゆく, おのおの駆けてゆく

わからん...

トラック 11: Whispers of Oxenfurt

トラック 34: Bonnie At Morn はこの歌のインストロメンタルバージョンである. これは英語の歌詞だが, thy だの thou だの中英語?の語彙を多用しているのでわかりにくい. そして, ゲーム中でオクセンフルトの BGM で歌が流れていた記憶がない. 実はこの曲は, 農村で暮らす家族ののどかな暮らしを歌ったスコットランド英語 (ノーサンブリア (ノーサンバーランド) の方言?) の詩歌 “Bonny at Morn” に由来しているようだ (参考). オクセンフルトは北方諸国では洗練された都市の1つなので, 羊や牧草地といった農村を連想させる歌詞は削られている. スコットランド英語は全くわからないが、辞書を片手に現代的で標準的な英語に直してみる. 正しく変換できている自信はない.

現代語:

We're laying idle
With keeping of the bairn
The lad will not work and the girl will not learn
The lad will not work and the girl will not learn
You lie over long in your bed
Bonny at morning
Canny at evening
Bonny at morning
Canny at evening
Bonny at morning
You lie over long in your bed
Bonny at morning
You hinder your mother at every time

和訳:

私らはのんびり横になっていた
子どものお守りをしながら
息子は勤労もせず, 娘は勉学にも励まぬ
息子は勤労もせず, 娘は勉学にも励まぬ
あんたはまたベッドでぐっすり眠る
美しい朝だ
すばらしい夕べだ
美しい朝だ
すばらしい夕べだ
美しい朝だ
すばらしい夕べだ
あんたはまたベッドでぐっすり眠る
美しい朝だ
あんたは毎度のようにお袋の邪魔をする

www.youtube.com

トラック 16: Eyes Of The Wolf

女声で叫ぶように発声している歌である. パーツィヴァルのアルバム “おお, ディドよ (Oj Dido)” に収録されている同名の曲の再編集のようだ. これはポーランド語の歌詞である.

和訳:

野が炎に照らされる,
人々が炎の合間を跳ね回る!
野が炎に照らされる,
人々が炎の合間を跳ね回る!
そらスラヴ人たちが行った
古い塚を背にして平原へ
平原に霧がたちこめる!
おお, ディドよ, おお, ウァドよ...
野が炎に照らされる,
人々が炎の合間を跳ね回る!
跳ね回り歌い狂う
年老いた白い男がやってくるまで
ラーダの長老がやってくるまで
おお, ディドよ, おお, ウァドよ...

“Oj Dido” から省略された歌詞を参照すると, より状況がよく分かる.

www.youtube.com

抜粋:

"Wróg zbrojne woje, Wiezie,
wbój mus wam iść, Witezie!"
Już na konikach jadą
Oj - dido oj lado!
A rankiem w zagród progi
Sławiańskie przyszły bogi
Zebrali się gromadą
Oj - Dido oj - Łado!
I święty znicz zgasili
I miecz nań położyli
Oj! Miecz cudna włado!
Oj - Dido oj - Łado!

Perun Perunowski による歌詞の書き起こし

和訳:

武装した一団がやってくる
勇者*5どもよ, お前たちは戦わねばならぬ」
奴らは馬に乗っている
おお, ディドよ, おお, ウァドよ
明け方に農場の柵に集え
スラヴの神々が未来をもたらす
人々は団結している
おお, ディドよ, おお, ウァドよ
そして聖なる火が消される
そして人々は剣をとる
おお, なんと鋭い剣だろう
おお, ディドよ, おお, ウァドよ

(以降金属のぶつかり合う効果音が響く)


ポーランド語話者たちの投稿によれば, これはペルーンやスヴァロクといったスラヴの神々を信仰する中世東欧のスラヴ先住民と北方十字軍との戦いを描いているという*6. キリスト教化される以前のスラヴ人は篝火を灯して踊り, 神々を讃えたという. ディドウァド (Dido i Łado) はいずれも神格で, 様々なバリエーションがある. 男女の双子の神であったり, その母で豊作や美の神であるともされたり, 太陽と炎の神スヴァロクと対になる女神とされたり, よくわからない (参考). ここでは2柱続けて呼ばれているので双子神という扱いかもしれない.

(以降は言語のウンチクが続くので興味なかったら次の曲まで読み飛ばして良い) インターネット上にはいくつか英訳が投稿されているのをよく見る. しかしどうも違和感がある. ここ の Lazar Srekovioc の投稿でも, こういった訳を「あほなグーグル翻訳にかけただけじゃないか」と批判している*7. 彼の提案する訳を見るとたしかに納得した. 巷の英訳が犯しがちな誤りには, 次のような傾向が見られる .

  1. スラヴ系言語はしばしば人称代名詞が省略される. 英語などと違い動詞の人称変化がはっきり残っているため, 省略しても推理できることが多いからであるが, 機械翻訳を使った場合は人称代名詞に対応する意味上の名詞がなにかまでは訳してくれない. よって, “Ogniami pole błyska. Skakali przez ogniska.” の部分も何が主語なのか曖昧になってしまう.
  2. 人称代名詞が明記されていたとしても, 女性形・男性形の代名詞をそのまま he/she と訳してしまう. 人間でなくとも女性・男性形の代名詞が使われるため, やはりミスリードな訳になってしまう.
  3. 動詞すら自明な場合はしばしば省略される. 動詞が省略された場合は名詞の格と文脈から省略された動詞を推理するしかないが, やはり機械翻訳はこういう文の翻訳に失敗しがちだ.
  4. 前置詞 za はグーグル翻訳でも for としか訳してくれないが, ロシア語の за と同じく多義的な語である. 今回は英語でいう beyond, behind あたりに相当するだろう.
  5. グーグル翻訳は指小形にも弱い. たいてい翻訳できず固有名詞としてそのまま残してしまう.

トラック 18: Steel For Humans (通称: バナナタイガー)

冒頭に呪文のようなフレーズ*8が繰り返され, それから男女で合唱されるやつである. Steam コミュニティの投稿 によると, これは元々ブルガリア語の民謡*9らしい. ブルガリア語はロシア語に似ているようだが, 再帰代名詞と動詞の癒着が見られない.

YouTube のこの動画 で, ブルガリア人と思われる人物がこの歌の英訳と背景を解説している.

正教会では, 聖枝祭の直前の土曜日にラザリの日という祭日があり*10, ラザロヴデン (Лазаровден) という聖ラザリ*11を記念する行事が行われます. ブルガリアにある7つの文化圏ごとに差異はありますが, 共通するのは, ラザルキと呼ばれる未婚の若い女性の集団に関する儀式ということです. 彼女らは川へ行き, 花輪飾りを作り, 村の家々の周囲を練り歩き, 歌を唄います. この歌は来たる復活大祭のためにパン, 塩, 蜂蜜, 果物と卵を持って挨拶にくる家の人間に対するものです. またこのとき, 少年たちは少女たちの手を取ることになっています. この歌詞は, ラザルキを先導する年長の女性の視点で歌ったものです. (中略) バナナもタイガーもバルカン半島では見られません (笑).

Пиер Стоянов による解説 (和訳)

彼の投稿を参考に, 訳してみる.

和訳:

(女声のみ)
Balala taira, varara tariga
Balala tarina, varara tarina
Balala taira, varara tariga
Balala tarina, varara tarina*12

(男女)
ああ, ラザリよ, ラザリ*13
ここで私たちは申します*14
森に多くの葉が生い茂るように
この家の者に息災多からんことを
ここへ私たちは来ました
少年と少女が相手を見つけるため
さあ, 少女が嫁いでいく
さあ, 少年が嫁をめとる

歌詞を確認すると, 全く戦いに関するものではなく, 人々の無病息災と子孫繁栄を祈る歌であるとわかる.



なお, ラザロヴデンの様子については, YouTube にいくつか動画が上がっている. 歌詞は複数のパターンがあり, 上記のように地域によって違うのかもしれない. 以下の動画は Steel For Humans の歌詞に近い.

www.youtube.com

トラック 29: The Song Of The Sword-Dancer

戦闘時の BGM らしく, 胡乱な内容であるが, 一方でコミカルな歌である. 各節の終わりに必ず Добры вечар! (こんばんは!) というフレーズがくる. ロシア語っぽいが, CD Projekt のフォーラムの投稿によると, ベラルーシ語をポーランド語風に発音したものらしい. また, 以下の動画では, ポーランド語の正確な英訳について注釈付きで解説している人がおり, 両者を参考に訳してみる.

www.youtube.com

この歌は衛兵とセルゲイという青年との掛け合いである.


和訳:

衛兵が晴れた野原から駆けつけてきた (こんばんは!)
槍で扉を叩き鳴らす (こんばんは!)
「眠るな, まぶたを閉じるな, 戦いだ」(こんばんは!)
「ハザールどもがお前の女をさらっていったぞ」 (こんばんは!)
「俺がハザールどもを剣で切り捨ててやる」 (こんばんは!)
「俺が娘をこの手に取り戻してやる」 (こんばんは!)
「シャロシュカ*15 の若造よ, 寝ているのか? 横になっているのか?」 (こんばんは!)
「俺は眠っていない, 横にもなっていない, ちょっと休んでいるだけだ」 (こんばんは!)

これはパーツィヴァル の “Staroza” を再編集した曲である. 歌詞は同じである.

以下は Alina Gingertail によるカバー. こちらはロシア語に近い発音?

www.youtube.com

トラック 39: Words On Wind (The Field of Ard Skellig)

別題にアード・スケリッグとあるように、スケリッジ地方のフィールドで流れる歌である. 歌詞は英語とは少し違うし, スラヴ系の言語とも違うと思ったが, steam コミュニティのスレッド によると スコットランドゲール語の歌 "ボート乗り (Fear a' Bhàta)" らしい. Wikipedia に記事があり, 英語対訳が掲載されているが, 比較するとゲーム中のものは歌詞がだいぶ短縮されている.

和訳:

ボート乗りよ,
いつもあなたを高い丘から見る
どこへ行こうとも
私はあなたを見ているだろう
どこへ行こうとも
ボート乗りよ

そういえば本編には, 白鯨を見ようと何十年も崖から海を見張っていたが, ゲラルトのせいで見損ねる老人がいた.

トラック ?: Widow Maker (Naranca)

ゲームサウンドトラックには収録されていないようだ. これはクロアチア語の歌で, オリジナルはクロアチアの音楽グループ, プトカジ (Putokazi) の ナランチャ (Naranca*16 ) という歌のようだ. Widow Maker はオリジナルと歌詞の順番が少し異なる. あとオリジナルにある 「ヨディローレーララ, ヨディロディレー」みたいなスキャット(?)が存在しない.

www.youtube.com

サウンドトラックに収録されてないのは権利関係でなにか問題があったからだろうか?

歌詞は YouTubeクロアチア人の Kristijan Majstorić というユーザが英語対訳とともに投稿している. 彼いわく, この歌詞は標準的なクロアチア語ではなく, 海岸線の入り組んだ南部ダルマチア地方の方言の訛りが強く, ゆえに船乗りや嵐をイメージさせるとのこと.

和訳:

私に冷たい嵐が吹き付ける
嵐が私の揺りかごとなり海へ送り出す
船乗りたちが網で私をつかまえる
私は白い肌のカタリナへ売り飛ばされた
私に冷たい嵐が吹き付ける
嵐が私の揺りかごとなり海へ送り出す
船乗りたちが網で私をつかまえる
私は白い肌のカタリナへ売り飛ばされた
おお, 林檎のような頬の女よ
香り立つオレンジから生まれ出たみたい
でも私はそうじゃない
私は山の向こうで母親に産み落とされた
カタリナはいい女だ
私を彼女のような淑女に育ててくれた
白いパンと赤いワインをくれた
白いパンと赤いワインをくれた

この歌詞での「私」が何者なのかはわからない. スラヴ系言語の場合、多くは名詞の性が決まっているので, 付随する動詞や形容詞の性変化から性別を推理できるかと思ったが, どうも「私」が主格となっている文が一つもないので不明である (訳文は日本語として自然になるように主格を変えている). ただ, "Ka je mene ma bilu odgojila." を「育ててくれた」と解釈するなら, 「私」は女性だと思われる.

ここまで紹介した歌詞は “Whispers of Oxenfurt” と “Word on Wind” を除いてすべて戦闘 BGM だったが, "Eyes of Wolf" はともかくとしてどれも明らかに戦いというシチュエーションに合わないものである. だが, 冒頭に挙げたサウンドコンポーザーのインタビューからは, 制作チームはゲームの BGM とは没入感を増す役割があると考えており, どのようなBGMを作成するかに非常にこだわたっていることがうかがえる. となればこれらの歌詞にも何らかの意味があるのかもしれない. ゲラルトは血や戦いに酔う男ではない. 「金のため」とか「ウィッチャーには感情がない」などと言い張ってはいるが, その実, 情に厚く正義感の強い男である (ゴルゴ13ブラックジャックみたいに). それゆえ怪物や悪党を倒して人々の日常を取り戻すのが役目であるウィッチャーへの没入感を増すために, 日常的な題材を歌うスラブ言語の民謡をモチーフにしたのかもしれない (それっぽくまとめてみたが完全にこじつけである).

DLC: 無情なる心 (Heart Of Stones)

ゲーム中でヤントラの子どもたちが歌っていた "A Gifted Man Brings Gifts Galore" は字幕も日本語音声もあるので解説略.

トラック 3: You're... Immortal?

パーツィヴァルのアルバム “Oj Dido” の “スヴァロジツの女 (Dziewczyna Swarożyca)” の再編集である. 悪魔に魂を売り渡し不死となったオルギエルドのテーマソング的な歌で, 作中での彼との決闘イベントなどで演奏される. 意味のある歌詞は2文だけで, 繰り返し唄われる.

和訳:

みすぼらしい女がさまよい歩く
女は強大なスヴァロクの御子に出会う
みすぼらしい女がさまよい歩く
女は強大なスヴァロクの御子に出会う

スヴァロク (Swaróg) とは太陽または火の神であり, 「スヴァロクの御子 (スヴァロジツ; Swarożyc)」はその子でやはり火の神であるとされる*17. みすぼらしい女というのは, 館の娘のことを示唆しているのだろう. オルギエルドの一党に狼藉をはたらかれ, 逃げ出してきたところに現れたゲラルトがスヴァロクの子に喩えられているともとれるし, 火の神なので館を燃やしたオルギエルドを指している, という皮肉な解釈もできなくもない.

さらに, この歌詞は戦間期ポーランドの詩人, カジミェラ・イワコヴィツォヴナ (Kazimiera Iłłakowiczówna) の "Swarożyc i Dziewczyna (スヴァロジツと女)" という詩に着想を得ているようだ.

Swarożyc i dziewczyna – Kazimiera Iłłakowiczówna | Słowianie i Słowianowierstwo

和訳:

I. みすぼらしい女がさまよい歩く
女は強大なスヴァロジツの神に出会う
神は女を怖がらせたりしない
神は木柱像に宿っている
強大なスヴァロジツの神がそこにいる

II. 神は数多の神秘の姿で現れる
ときには戦士を引き裂かんとする熊
ときには傷つき横たわる勇士
ときには弓で狙いを定める射手
ありとあらゆる姿をとる!

III. 神は太陽と剣と花を携え
その出で立ちを飾り付けている
すべてはこの生娘のために
神は乾いた木柱に封じられた
瑞々しい花を添えられて

IV. 森をさまよう女は驚嘆する
一体何処から木彫りの柱が現れた
女は歌いそぞろ歩く
ごきげんよう, 見知らぬ木さん
この私にどうか親切になさって」

V. 女は神のことなど知らぬ
女は大胆にも神に近づかんとする
女は花飾りを取りあげて
自らの首に飾り付けた
神のことは何も知らず

VI. そして呪術を知らぬ女がやってきた
神は貢物をよこせと言わぬ
やはり柱は身じろぎせぬ
戒めの縄が朽ちぬかぎり
この魔法の戒めが!

VII. この森は今も重厚に育っている
黒い森が覆いかぶさるように
ブラックベリーラズベリー
彼の膝の高さまで伸びている
クシェヴィナは最も深い森だ!

VIII. 月が幾百も姿を変えた
今や森がスヴァロジツを見下ろしている
松かさが彼の上に落ちてくる
「良い神となれよ
スヴァロジツは我らとともにあり」

IX. そして彼はいっそう木々とからみあう
キノコかめんどりを探しに
若い女がもう一度森を通るまで
偶然にも彼は戒めを解かれる
木の上の山羊によって

X. そして降り注ぐ稲妻のなかで
自由となった畏怖される神が姿を現す
雷光に照らされ姿を現す
スヴァロジツの娘よ, いかづちの主よ

何度も「木の柱」という言葉が出てくるが, これはスラヴ人たちが古い神々を柱状の木彫りの像にして崇めていたことにちなむ. ウィッチャー本編でも, ヴェレン地方で三叉路や十字路に木彫りの像が見られる.

Wikisłownik (Wiktionary) などのインターネット上の辞書しか参照していないのではあるが, 見つからない単語も多く, 似た綴りの単語や文脈から類推するしかないところもあった. もしかすると古い綴りや文法が使われているのかもしれない.

なお, 完全に蛇足な話だが, この BGM が演奏される, 雨の中でのサーベルを使った決闘というシチュエーションは 1974年に公開されたイェジー・ホフマン (Jerzy Hoffman) 監督の映画 “Potop” に似ていると感じた. 実際のところ, 前後の台詞はそのままパロディになっているようだ.

www.youtube.com

https://thewitcherconfessions.tumblr.com/post/167953430770
thewitcherconfessions.tumblr.com

さらに蛇足だが, 「悪魔と魂を引き換えに知恵や人間離れした力を得る」という筋書きは『ファウスト』が有名だが, ポーランドにもよく似た『パン・トヴァルドフスキ (Pan Twardowski)の伝説』がある. 彼は魂を渡す代償に力を得ること, またその魂を渡すのは彼がローマにいる間だけという契約を悪魔とした. ローマに行きさえしなければ魂を取られることはないが, 彼は悪魔に欺かれ, ローマという名前の宿に入ってしまい魂を地獄へ引き込まれる. 聖母マリアに祈ったことで地獄行きは免れたものの, 地獄に落ちる途中の月に落ち, 今も月のどこかで生きながらえているという.

en.wikipedia.org


ちなみにぐぐったらこんな映像作品が出てきた.

www.youtube.com

DLC: 血塗られた美酒 (Blood and Wine)

『血塗られた美酒』にはボーカル曲は少ない. 冒頭の “Blood and Wine” は日本語化されているので解説を略す.

トラックなし: (タイトル不明)

ボークレールの城下町で酔っ払った女 NPC がたまに

Wina, wina, wina dajcie (ワイン, ワイン, ワインをおくれ!)

と歌っていることがある. サウンドトラックにはないためタイトルは不明. もう一度聞こうと夜間のボークレールで酔っぱらいNPCにひたすらまとわりつくも, なかなか歌ってくれなかったので私の白昼夢の可能性もある.

しかし, リズムには覚えがある. 1999年の映画 “ファイアー・アンド・ソード (Ogniem i Mieczem)” で聞いた記憶がある. この映画の感想は田亀源五郎氏がよく語ってくれている. というわけで昔買った映画サントラを掘り返してみると, " 緑のウクライナにて (Na Zielonej Ukrainie)" というタイトルの BGM と同じメロディだった. さらに調べてみると, この曲は元々 "おお, 鷹よ (Hej, sokoły)" というタイトルの歌で, ポーランド, ウクライナ, ベラルーシの三カ国 (つまり旧ポーランド王国の版図) にまたがって存在する. 酔っぱらいはこの歌詞の一番最後の節を歌っていたようだ.

オリジナル:

Wina, wina, wina dajcie,
A jak umrę pochowajcie
Na zielonej Ukrainie
Przy kochanej mej dziewczynie.

Hej, sokoły – Wikipedia, wolna encyklopedia

和訳:

ワインだ, ワインだ, ワインをよこせ
もし俺がくたばったら埋めてくれ
ウクライナの緑の大地に
おれのお気に入りの女のそばに*18

Ogniem I Mieczem

Ogniem I Mieczem

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ビデオゲームとしての『ウィッチャー』シリーズは硬派なファンタジー作品と見せかけて, 結構パロディやイースターエッグ的な要素が多いため, ポーランドを代表する史劇である『トリロギア』からのパロディがあっても不思議ではない (すでに指摘したように台詞のパロディがある). ここ以外にも NPC が歌っているシーンは多いが, その全ての元ネタを特定するのは至難なので, 今回はこの辺にしておく.

*1:英題: The Wolven Storm, 波題: Dziki Gon

*2:とはいえ, 『スグリの苦さ、リラの甘さ』は原語とは多少歌詞が違う.

*3:Google Play Music, Spotify, iTunesダウンロード販売

*4:菩提樹のほうがかっこいいのでこう訳したが, linden は正確には近縁種のシナノキである.

*5:witezie という単語がわからない. ぐぐったらアゲハ蝶と出てきたが, 意味がよくわからないので音の似てるロシア語 витязь の類推で「勇者」と訳した.

*6:実際ウィッチャー世界における北方諸国はポーランドバルト三国などの東欧諸国がモチーフになっているし、そこに侵略戦争を仕掛けるニルフガード帝国は神聖ローマ帝国や北方十字軍を行ったもろもろの騎士修道会がモチーフになているのは明らかだ.

*7:しかし彼の訳にもツッコミが入っているが...

*8:英語圏では “Banana tiger...” と聞こえるらしい.

*9:ただし, kazali と発音するところを kazale と発音してるように聞こえるので, 発音にはポーランド語訛りが見られる?

*10:この祭日自体は正教会全般で見られる. 日本ハリストス正教会では「ラザリのスボタ (土曜日)」と表記される.

*11:カトリックでいう聖ラザロのこと. 英語圏の ラザルス Lazarus と同じく, ヘブライ人名のラザロ (エリエゼル; אֱלִיעֶזֶר) が由来.

*12:バナナ・タイガーと呼ばれる所以になったこのフレーズには特に意味がないようだ.

*13:ポーランド語では, Lazare と綴られているが, これは主格でなく呼格のため.

*14:パーツィヴァル版の “Lazare” では, 代わりに радувай се, радувай, радувай се, домакине (幸福あれ, 幸福あれ, 家の主に幸福あれ) とも言う.

*15:セルゲイの愛称. ロシア語ではセリョージャという愛称があるが, シャロシュカというのは聞いたことがない. ベラルーシではこういう愛称があるらしい.

*16:Naranča はクロアチア語でオレンジの意味だが, 綴りからしてイタリア語からの外来語のようにも思える. つまり『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズに登場するナランチャと同じだ.

*17:スヴァロジツはスヴァロクの子, という意味だがスヴァロクとスヴァロジツは同一の存在ともされるようだ.

*18:1つ前の節では, 気に入った女が死んで悲しむという内容になっている