- 概要
- 主にスキル・コンボ関連の用語
- ヴィンデン (旋風)
- オーベンアプネーメン (上削ぎ)
- クルゼシュナイデ (裏刃)
- クルツカンプフ (短期決戦)
- クルツハウ (クルザウ)
- シュヴェアートネーメン (武装解除の一撃)
- シュタルケシュナイデ (強靭な刃)
- ツォルン゠オルト (怒りの斬撃)
- ドゥルヒラウフェン (ランスルー)
- ブローセン (開幕の一撃)
- フィオーレ流ハルプシュヴェーアト (フィオレ流ハーフソーディング)
- フィーラー
- ドゥプリーレン
- ドライヴンダー (ドラエヴァンダー)
- コーダ=ルーンガ=エ=ストレーッタ
- マイスター
- マイスターハウ (マスターストライク)
- マギステル゠ディーミカートル (マギステル・ディミカトル)
- ミッテルハウ (ミッタルハウ, 水平斬り)
- モルトシュラーク (柄の一撃)
- リンゲン
- リンゲンマイスター (リンゲンマスター)
- 中世チェコの官職
- 武器防具の用語
- 参考文献
KCDとKCD2の日本語訳を変更するModを作った.
概要
当初は主に人名や地名といった固有名詞を実在の, つまりドイツ語やチェコ語の人名地名に置き換える, というだけの内容だったが, 最近の更新では辞典の文章の誤訳もおおがかりに修正した. この際に人名地名以外の変更点について解説する.
主にスキル・コンボ関連の用語
作中の人物が言うように, 多くはドイツ語で書かれた文献から取っているように見えた.
ヴィンデン (旋風)
パークスキルの1つで, 日本語版では「旋風」で, 英語版では Whirl だった. 片手剣が速くなるパークスキルなので, 関連があるのかは少し怪しいが, このようにした. ヴィンデン (Winden) は, ドイツ語で回転とかつむじ風とかいう意味になる. 相手と打ち合い, 剣が互いに噛み合っている時, 相手がこちらを攻撃しようと剣の向きを変えれば, こちらもすかさず剣を動かすと, 刀身をぐるぐると回転させているように見える. そのような動作をヴィンデンと呼んでいる.
オーベンアプネーメン (上削ぎ)
コンボの1つで, 日本語版では「上削ぎ」と表記されている. 英語版でもチェコ語版でも “Oben Abnehmen” と書かれており, どちらもドイツ語である. Abnemen は ab (離れる) - nehmen (取る) という意味に分解できるので, (武器を)取り上げる, 遠ざける, といった意味になる. Abnehmen は当時の文献でも使われている.
クルゼシュナイデ (裏刃)
コンボの1つで, 日本語版では「裏刃」と表記され, 英語版では “False Edge” と表記されている. 文字通り裏刃, つまり剣の両刃のうち, 自分の側の刃を意味する. ドイツ語ではクルゼシュナイデ (Kurzeschneide) と表現する. kurz は短いという意味で, 当時の文献ではこう表現されている. 自分との距離が短い, という意味なのだろうか.
クルツカンプフ (短期決戦)
クリンチ発生時に有利になれるパークスキルの1つで, 日本語版では「短期決戦」と表記され, 英語・チェコ語版ではドイツ語ふうに “Kurzkampf” と書かれていた. kurz (短い) - kampf (戦闘) という意味になる. 当時の文献では, 特に徒手格闘のことを指してカンプフフェヒテン (Kampffechten) と表現している例がある*1. さらに, kurz は短いというより, 距離が近いというニュアンスで使われていることがよくある. よってパークスキルの効果も考慮すると「短期決戦」というより「肉薄戦」くらいの意味かもしれない.
クルツハウ (クルザウ)
コンボの1つで, 日本語版では「クルザウ」と表記されている. 標準ドイツ語では Kurzhau と書く. 当時の正確な発音はわからないが, kurz (短い) - hau (攻撃) という意味に分けられるので, クルツハウと表記した. kurz はこの語単体でクルゼシュナイデと同じ意味で使われていると考えられている.
シュヴェアートネーメン (武装解除の一撃)
パークスキルの1つで, 日本語版では「武装解除の一撃」となっている. 英語版では “Disarming Strike” となっている. 当時の文献では, 相手の剣をとっさに掴んで取り上げたり, 無力化したりする技がいくつか紹介されており, シュヴェアートネーメン (Schwert Nehmen) と呼ばれる. schwert (剣) - nehmen (取る) と分解できるのでそのままである.
ゲーム内では, 素手の状態でれるマスターストライク (マイスターハウ) を使用すると発生するが, 当時の文献ではこのような技はマイスターハウに挙げられていない.
(最初の頃は間違えて abnehmen というよく似た別の用語を書いていた)
シュヴェアートネーメンの例, ただし15世紀ではなく16世紀の文献に則した方法である
https://www.youtube.com/watch?v=x3_BPgDpPh0
片手剣の場合はさらに多くの技の記録が残っている. 以下の動画はとても長い. 33分ごろからは, 素手で相手の剣を取る技を紹介しているため, これが最もゲーム内でやっていることに近い.
シュタルケシュナイデ (強靭な刃)
パークスキルの1つで, 日本語版では「強靭な刃」と表記されている. 英語版では Strong Edge となっている. 当時の文献にも, 刃の強い (Stark)・弱い (Schwach) という表現が出てくるので, ドイツ語ふうにシュタルケシュナイデ (starke Schneide) とした. 刃の強いとは, 剣の根本に近い側を指す. 根元のほうが刃が厚くてしなりにくく, なおかつモーメントが小さく力を伝えやすい. 中世以降もヨーロッパの剣術のあちこちで見られる普遍的な概念である.
ツォルン゠オルト (怒りの斬撃)
コンボの1つで, 日本語版では「怒りの斬撃」となっていた. 英語・チェコ語版では “Zorn ort” とドイツ語ふうになっている. 当時の文献にも出てくる用語である. Zorn (怒り) - Ort (切っ先) という意味になる. ツォルンハウ゠オルト (Zornhau Ort) という表現もある. 同一視されることもあるが, 両者は微妙に異なる. 両者ともに, 最終的に切っ先で相手を脅かす点で共通するが, Zorn Ort が単に突きだけを意味するのに対し, Zornhau Ort は斬撃を伴う突きと解される事が多い. ゲーム内の動作でも, おもむろに相手の顔面に突きを繰り出している. よって, 細かい話になるが, 怒りの「斬撃」という意訳は不適切である. KCD1にも登場しており, 当時の英語版では Wrath Strike だった. KCD1の動作は, いわゆる Zorn Ort とも Zornhau Ort ともだいぶ異なる.
このコンボを教えてくれる人物のツォルン゠オルトの説明は, 当時の文献にある説明とは異なる. この名前が規定するのは突き攻撃であることだけで, 具体的にどう実行するかは実践者しだいということだろうか.
(当初は前作の記憶と日本語版の名称からよく考えずに Zornhau Ort だろうと判断したが, 実際の動きを確認すると英語版の表記どおり Zorn Ort に近い動きだったため修正した.)
ドゥルヒラウフェン (ランスルー)
前作も登場しているコンボの1つで, 日本語版では「ランスルー」と表記されている. 一方で, 英語・チェコ語版いずれも, “Durchlauffen” になっている. ドゥルヒラウフェン (Durchlaufen, スペルが少し違う) は当時の文献にもある用語で, 意訳すれば「走り抜ける」になる. 日本語版は英語で言い換えて run through としたうえでカタカナにしたのだろう.
ゲーム内の動作は, 現在の主流派の解釈とは少し異なる. 以下の動画のように, 相手の真横をすり抜けるように動き, 相手を引き倒す動作と解されている. KCD1では押し倒す動作だったので, むしろ前作のほうが近い.
ブローセン (開幕の一撃)
日本語版では「開幕の一撃」で, 英語版では “Opening strike” となっている. しかし, 説明文では「相手の防御していないところに攻撃を入れるとボーナス効果がある」という趣旨になるので, この opening は開幕ではなく, 空いているという意味だろう. 最初の一撃を当てると効果のあるパークスキルは他にもある. そのため, 当時の Blöß という用語に基づいて動詞のブローセン (Blößen) にした. この語はさらけ出す, 裸にするとかいった意味になるが, 当時は相手が剣を構えていない無防備な箇所, 特に構えている箇所の対角線沿いに反対側の守りにくい箇所という意味で使われている.
フィオーレ流ハルプシュヴェーアト (フィオレ流ハーフソーディング)
コンボの1つである. 英語版では “Fiore Halbschwerten” なので動詞になっているが, そこまで再現してもわかりにくそうなのでハルプシュヴェーアト (Halbschwert) ということにした. 片手で刀身の半ばを持つ姿勢のことである. ドイツ語では, 文献によっては剣を短くする (Kurzes Schwerdt) という表現もある.
フィオーレ (Fiore) というのは当時のイタリアの剣術家のことで, 著作が現存しているため有名である. 彼は1409年に没したとされており, よってKCD2の時代でもぎりぎり存命である. 彼の著作はラテン語版とイタリア語版が現存しており, ドイツ語ではない. 彼は現代では「フィオーレ゠デイ゠リベーリ (Fiore d’ei Libeli)」として言及されることが多いが, 作中では「フィオーレ゠フルラーノ゠デイ゠リベーリ゠デ゠チヴィダーレ゠ダウストリア師範」という, 記録にある彼の通称をすべてまとめた長い名で言及されている.
イタリア語で対応する用語はメッツァ゠スパーダ (Mezza Spada) というらしい. どちらも「半分・剣」という単語に分けられるので, それぞれのスタイルの剣術もどこかで接点があったのかもしれない.
イタリア式はあまりくわしくないのでこの人の解説動画とかみたほうがいい.
フィーラー
KCD1に登場したコンボである. ドイツ語では Fehler という. わざと空振りすることによるフェイントを指す.
ドゥプリーレン
KCD1で登場したコンボで, 英語版では “Duplieren: Doubling” という名前だった. ドイツ語では Duplieren となる. 副題が示すように, 英語の Doubling とか Duplication とかと語源が同じで, 二重で何かをするという意味になる. 2回の攻撃で1つの動作になる.
ドライヴンダー (ドラエヴァンダー)
KCD1に登場したコンボである. 日本語版では「ドラエヴァンダー」という表記になっていた. 変わった読み方だ. 当時の文献では “dreÿ wunder” 標準ドイツ語では “Drei Wunder” と表記される. しかし, この Wunder は現代語の Wunder ではなく, 英単語の wound と同じ語源だと考えられている. よって, 現代語で傷を意味する Wunde を動詞化した単語だと見なされている. 当時の文献では, 剣を使った斬り方は3種類あると説かれている.
コーダ=ルーンガ=エ=ストレーッタ
KCD1の技の説明文で登場した. 同時代のイタリアの文献に見られる構えの名前で, coda lunga e stretta と書く. 「長い尾の構え」という意味になる. 尻尾のように剣を自分の後ろに置く構えなのでこう呼ばれる.
マイスター
ドイツ語の Meister のことで, 英語ではおおむね Master に対応する. ここでは職業ギルドから独立する資格があると認められた職人の地位を指すため, 私は「親方」「師」「師範」「達人」などと意訳している. 特に「師範」「達人」は剣術の Meister に対しての訳語にしている. 当時の剣術ギルドでも, Meister の資格制度があったため, 「剣術師範」という表現を使うことにした. ただし, 「師範」と書くと若干の誤解を招くかもしれない. 日本の古武術からの連想とは異なり, Meister 資格は多くの人間に与えられたため, 一子相伝の肩書きなどと思ってしまうと誤解になる. Meister の資格があれば, 他人に剣術を教えたり, 人前で披露したりすることがギルドから認可された. よって, 師範というよりは, 「免許皆伝」とか「允可」に近いとも言える. しかし, 実際には Meister の資格があっても, 全員がそれを生計の手段としているわけではなかったようだ. 当時の剣術ギルドの名簿には, 本業を別に持つ職人の名前が多く記載され(楠戸 (2020), pp. 189–208)ており, 「ツンフト的性格のある互助団体」であったと考えられる. よって, 他の職人ギルドと同じように「親方」と書かずに「師範」と書くことにした.
作中でプレイヤーが最初に会うであろう剣術の指導者は, 特殊な出自から, こういったギルドから認可されているのか怪しいが, 一応同じような表記にしておいた.
マイスターハウ (マスターストライク)
日本語版では「マスターストライク」となっている. 前作からある特殊な攻撃方法である. マイスターハウ (Meisterhau) が由来なのはあきらかなので, そのように表記した. meister (達人) - hau (攻撃) なので, そのままの意味である. 当時の剣術で重要な5つの攻撃方法がこう呼ばれている.
マギステル゠ディーミカートル (マギステル・ディミカトル)
パークスキルの1つで, 日本語版では「マギステル・ディミカトル」となっていた. 英語版では Magister Dimicator で, チェコ語版では Mistr šermu だった. 前者は英語ではなくラテン語風である. どちらも「剣術の達人」くらいの意味になる. 中世の文献にも, ディーミカートリア (Dimicatoria) という語がタイトルに使われている武術書がいくつかある.
(修正版を最初に投稿したときは間違えてディーミカトールと書いていた)
ミッテルハウ (ミッタルハウ, 水平斬り)
コンボの1つで, 日本語版では「ミッタルハウ」「水平斬り」などと表記されている. ゲーム内では “Mittelhaw” という表記だが, 現代の標準ドイツ語では Mittelhau と書く. KCD2の時代は中高ドイツ語か初期新高ドイツ語の時期なので, 複数の表記がある. 古いものでは “mittel haulb” とか書かれ, 16世紀では “Mittelhaw” の他に “mitelhaw”, “Mittelhauw” という表記もある. 英語に逐語訳すれば middle attack になる. 横薙ぎの攻撃のことを言うので, 「水平斬り」は意訳として間違ってはいない.
ゲーム内でも「上水平斬り (Mittelhaw High)」など亜種が存在*2するように, 名前に反して必ずしも中段を狙った攻撃というわけではなく, 状況に応じて狙う位置は変化する. 私はこれをウーバーミッテルハウ (Übermittelhau) という表記に変えてみたが, 当時の文献ではこういう用語はなかったと思うので, 私の造語である. 横薙ぎの攻撃の高さに対して上下を使い分けることには言及があるが, それぞれ攻撃に名前をつけて区別しているわけではなかったと思う. 代わりに, 頭くらいの高さの横薙ぎの攻撃に Zwerchhaw (これも表記の異綴りがとても多い.) という技がある. ゲーム内ではそちらのほうが近い気もする.
この名前の技は16世紀にはマイヤーの文献でロングソードの技として取り上げられているが, 15世紀の時点では主にメッサーなどの片手剣の技として紹介されており, ロングソードでの例は稀である. 15世紀の文献でロングソードの技として言及があるのは, 有名なリヒテナウアーの系統とは異なる箇所の多い, アウクスブルク派の武術書になる.
モルトシュラーク (柄の一撃)
コンボの1つで, 日本語版では「柄の一撃」になっている. 英語では “Pommel Strike” となっている. 当時の用語に基づいてモルトシュラーク (Mortschlag) にした. モルトシュラークはモルトハウ (Mordhau) とも呼ばれる. 当時の文献では, 刃を握って柄で殴る技が挿絵付きで残っている. 珍妙な見た目からよく話題になるが, 当時の文献でも言及は全体のごくわずかなので, 実際珍妙な技である. KCD1のとあるシーンでもインジフ (ヘンリー) がさりげなく披露している. コンボでは, 持ち方を変えずにとっさに柄頭で殴るような動作になっている. このような動作も Mortschlag と呼んでいいのかは少し怪しい.
リンゲン
リンゲン (Ringen) は格闘を指す単語で, ゲーム内でもこの用語に言及がある. ゲーム内ではドイツ語の Ring Kunst に由来すると書かれているが, より正確には, 当時の文献に ringer という語が先に現れているため, むしろ現代語の Ring Kunst のほうが後に登場しているといえる. 当時の文献ではカンプフフェヒテン (Kampffechten) という表現も使われており, こちらも徒手格闘術のことを指すと考えられているが, 両者をどう使い分けているのか, あるいは特に違いがないのかははっきりとはわかっていない.
リンゲンマイスター (リンゲンマスター)
パークスキルの1つで, 日本語版ではリンゲンマスターと表記されている. チェコ語版でもドイツ語ふうに Ringenmeister と表記されている. Ringen はいわゆるレスリングのことで, 当時も格闘術という意味で使われている. よって, Ringenmeister は「格闘術師範」「格闘術の達人」くらいの意味だろう. いわゆるドイツ「剣」術には, 実際には剣以外の武術も含まれており, 15世紀頃の文献には, 「オーストリア諸侯の格闘術師」と評される人物が言及されている.
中世チェコの官職
Provincial Office という語がよく出てくる. チェコ語では Zemský úřad という語が出てくるので, これを英訳したようだ. チェコ王国で国王から任命される官職位らしい. チェコ語版ウィキペディア (https://cs.wikipedia.org/w/index.php?title=Zemsk%C3%BD_%C3%BA%C5%99ad&oldid=24376160) には, 15世紀後半の上位の職位が列挙されていた. 対応するラテン語の呼称なども描かれていたので, 以下のようにてきとうに意訳することにした.
- 首席地方城伯 (nejvyšší zemský purkrabí)
- 首席宮廷長官 (nejvyšší zemský hofmistr, hofmistr はドイツ語の Hoffmeister に由来する)
- 首席地方元帥 (nejvyšší zemský maršálek, agaso, marchalcus, ゲーム内の辞典にハヌシュ卿は1414年に stal zemským maršálkem とあるが, nejvyšším と付いていないのでこれより格下か)
- 首席地方侍従長 (nejvyšší zemský komorník, camerarius supremus, ゲーム内の辞典にオットーIII世の地位は英語版では highest provincial chamberlain とあるが, チェコ語版では nejvyššího zemského podkomořího になっているので, これに相当するか)
- 首席地方法廷判事 (nejvyšší zemský sudí, iudex terrae)
- 首席地方宰相 (nejvyšší zemský kancléř, kancléř は cacellarius から来ている)
- 首席宮廷判事 (nejvyšší dvorský sudí, summus iudex curiae)
- 首席地方書記官 (nejvyšší písař zemský)
- 侍従長 (podkomoří)
- カルルシュテイン城伯 (purkrabí karlštejnský, 貴族枠)
- カルルシュテイン城伯 (騎士枠)
- フラデツキー地方城伯 (purkrabí Hradeckého kraje)
provincial はチェコ語の zemský や, ドイツ語の Land に対応しているようなので, 「国土」くらいの意味でもある (あるいは, ボヘミア王国は神聖ローマ帝国という国家主体の一地域である, という意味もあるのだろう.). iudex terrae のように, ラテン語の terra にも対応している. よって地方と訳してしまうと, 「王によって任命された国の官職」という意味が薄れてしまう気がするが, 変に訳を変えればかえってわかりにくくなりそうなのでそのままにした. 国内の中世チェコ史に関する研究者も, 基本的に地方と訳している. ただし, the provincial assembly (zemský sněm) だけは「王国会議」と訳している. この会議は国内で最も権威のある会議なので, 「地方議会」と訳すと語弊が産まれる.
ドイツ語記事では違う一覧がある. これもおそらく網羅的ではない. https://de.wikipedia.org/w/index.php?title=B%C3%B6hmische_Landes%C3%A4mter&oldid=241586403
訳語や当時大まかに何を意味していたのかについて, 薩摩 (2009), 藤井 (2002), 藤井 (2003), 浦井 (2023) も参考にした.
町議会
英語版の council という単語が, 日本語版ではなぜか全て機械的に「町議会」と訳されている. そのため, 「教会町議会」なる謎造語まで発生している. 私の日本語変更版では文脈に合わせて「王国会議」「市参事会」「教会参事会」などに訳している.
武器防具の用語
ロングソード
longsword または long sword. ここまで読めば察してるかもしれないが, これは英語なので当時の言葉ではない. ドイツ語では lange schwert とか langschwert とか呼ばれていた. 現在は, 現代的なラングシュヴェーアト (Langschwerter) というスペルで書かれる事が多い. 徹底するなら「ロングソード」の名称も変更すべきだが, 面倒なのでやってない.
シュラハトシュヴェーアト (バトルロングソード)
剣の1つである. 日本語版では「バトルロングソード」で, 英語版では Battle Longsword となっていた. これ自体は歴史上の用語ではないが, 中世の文献には “Grete War Sword (英),” “epée de guerre (仏),” といった言葉が現れている. また, 同時代のドイツ語では “schlachtschwerte” という語が見られる. 現代風にはシュラハトシュヴェーアト (Schlachtschwert) となり, schlacht (戦争) - schwert (剣) という意味に分解できる. 英仏の表現はドイツ語が元になっていると考えられる (これら語源に関する説は Oakeshott (1998), p.129, p.148 に言及がある). 当時登場した長い剣のことをこう呼んでいると考えられているため, battle longsword もこの語を念頭に置いていると考えて「シュラハトシュヴェーアト」に置き換えた. 15世紀頃は 「ロングソード」とどう区別されていたのかが史料不足ではっきりと分かっていないが, 前後の時代にはこのような名称が存在し, 特に16世紀のより大型の剣は創作でしばしば「ツヴァイハンダー」といった名称で登場する.
16世紀のものはおそらくゲーム内に登場しないが, ゲーム内ではロングソードのなかでも長めの剣をBattle Longswordと呼んでいるので, この語を当てることにした. ドイツ語版では Langschwert für Schlachten という回りくどい名称になっている.

辞典の「防具」の文章
訳語がおかしい箇所がおおい. 特に辞典内の「防具」の項目がかなりおかしい. 全体的に文がおかしいのもそうだが, 「セルヴェリエール」と「サレット」が, 「複数の鉄板をつなぎ合わせて作った兜」と紹介されている. 間違ってはいないが, 両者が使われた時代はかなり異なる. 特に後者は, KCDの時代では普及していないし, ゲーム内にも登場しない. それに, 前者は技術上の問題から鉄板を貼り合わせて作った兜であるのに対し, 後者はほとんど一体成形で, 部品に分けるのはバイザーを開くなど可動部を作るためである. 英語版とチェコ語版を比較すると, 次のように単語が対応しているらしい. 「セルヴェリエール (別名アイアンハット)」「バシネット(サレット)」など, 支離滅裂な記述も存在する.
そして, チェコ語の単語で検索してみると, 結構色んな種類の兜の画像が引っかかる. チェコ語ではあまり厳密な分類になっていないか, 英語やドイツ語の専門書ほど詳しい情報がないのかもしれない. 甲冑には工業規格もなく, その上時代に合わせて少しづつ変化するため, 厳密に分類するのは難しい. しかしそれでも, この文章そのものに矛盾があるのは問題だ.
チェコ語と英語を検索してみると, 単語の対応には一貫性がある. 日本語も, 基本的に英語版の単語に準拠している. しかし, チェコ語と英語の対応関係がおかしい箇所もある.
- kapalíny - cervelliere - セルヴェリエール
- železný klobouk - iron hat - アイアンハット
- kapalíny の別名と言っている
- kbelce - sallet - サレット
- šlap - basinet - バシネット
- helm - helm - 兜
- 英単語をそのまま持ってきただけ
- lebka - skullcap - スカルキャップ
- bascinet - bascinet
- これも英単語をそのまま持ってきただけ
- šlap, šišák - sallet - サレット
- bascinet を括弧書きでこう呼んでいた. 明らかにおかしい.
železný klobouk は, そのまま「鉄のつば付き帽子」という意味になる. しかし, セルヴェリエールが鉄の帽子と言われている, というのが謎である. この単語で検索すると, むしろケトルハットのような画像がよく出てくる. ケトルハットとは, 麦わら帽子のようなつばのついた兜で, フランス語では鉄の帽子を意味する Chapel de Fer と呼ばれる(三浦 (2000), p.107). KCDの時代よりさらに200年以上も前からこのような形状の兜が使われていると考えられている. ケトルハットだとすれば, 「スリットがついている」という文章後半の説明にも辻褄が合う. 後世のケトルハットには, そのような形状のものもある. ただし, それらはケトルハットではなくサレットと呼ばれる事もある.
写本には描かれているが, 保存状態の良いケトルハットは意外と少ない.


サレットにも鍋のような形状のものがあるが, 後頭部が延長されているという共通の特徴がある.

lepka はチェコ語で頭蓋骨のことなので, 英訳の通り, スカルキャップの可能性がある. 歴史的には, 半球状, あるいは椀型の兜は英仏で cervelliere と呼ばれた. おそらくはラテン語の celebrum が語源の名前だろう. この兜もKCDの時代よりもかなり前から使われている. 特に古い時代の椀型の兜は複数の鉄板を貼り合わせて作ったものだが, 後世には一枚の鉄板から整形するようになった. 作中で指しているのはこちらだろう. よって, lepka が cervelliere に対応していると思う.

ワルシャワ軍事博物館には, ここで言及されたものに近いものが並んで展示されていた.

šlap は漠然と兜を指す語として使われているようだ. šišák は発音からして Çiçak に対応する単語のように見える. 中東や中央アジア由来の兜で, ゲーム内ではクマン人の被っているような, 頭頂部の尖った兜のことを指すことが多い. ドイツ語では Zischägge という*3. チェコ語での用法はわからないが, たぶんサレットではない. そのため「バシネット (兜や中東風の兜)」という記述は意味がわからないから, 除外することになる. 中東由来ではないが, 古い時代には東欧でも「チチャク型」の兜が使われていた.
チチャク



バシネットとサレット
一方で, 英語版の「バシネット (サレット)」はどうかというと, 初期のサレットはバシネットに近い形をしている. 三浦 (2000), p.129 では, イタリアのチェラータ (celata) と呼ばれる兜を紹介している. バシネットと後期のサレットあるいはアーメットの中間的な形状だと見られている. 英語でも, この辺の用語は区別が曖昧になっているものが多い. 形状で見ても, 初期のサレットは扁平で, のぞき穴のスリットがついているものがあったため, ケトルハットとの区別が曖昧である. 時代が下ると, サレットは深くなり, のぞき穴ではなくバイザーが付くようになった. よって, バシネット (サレット) なら, 形状の似た兜でまとめているといえる. しかし, 「犬の鼻」の面頬がついているのは前者だけである.



最後に, helm である. 単に helm では意味がわからないが, 歴史的にチェコ人が最も影響を受けていた外国語が英語ではなくドイツ語であることを考えると, 英語で great helm とかフランス語由来の heaume という名称で呼ばれる兜に相当する可能性が高い. 中世では, 英語でもドイツ語でも helm というと, いわゆる「大兜」「バケツ型兜」「樽型兜」を指していた可能性が高い. かつてはセルヴェリエレやバシネットの上から大兜をかぶっていたとされており, これらの兜はいわば「下敷き」だった. しかしKCDの時代は「犬の鼻」バイザーがついたバシネットがよく登場する. これでは大兜が入らないし, バイザーが二重になればまともに前を見られないだろう. よって, バイザー付きバシネットの普及した15世紀では, 大兜は使われなくなったと考えられる.*4 そのため, KCDのゲーム内でも, とある特殊なクエストアイテムを除いて大兜は登場しない.


結論
このページの挿絵にも, ケトルハット (比較的古い時代のもの) ・バシネット (または初期型サレットかチェラータ)・バイザー付きのバシネット・オームしか描かれていないため, 以下のように対応させれば辻褄が合う.
表 1: 訳語対照表
CZ | EN (original) | EN (or FR, my suggestion) | DE (my suggestion) | JP(my suggestion) | In-game |
---|---|---|---|---|---|
kapalíny (železný klobouk) | cervelliere | kettle hat (aka chapel de fer) | Eisenhut | ケトルハット | ![]() |
lebka | skullcap | cervelliere (a kind of skullcap) | Hirnhaube, Eisenhaube | セルヴェリエレ | ![]() |
kbelce | helm | great helm (heaume) | Topfhelm (Helm) | グレートヘルム, オーム | ![]() |
šlap | bascinet | (early) sallet, or celata (from Italian) | Schaller | サレット/チェラータ | ![]() |
bascinet | bascinet | bascinet (with a visor) | Beckenhaube (mit Klappvisier) | バシネット | ![]() |
šišák | sallet | chichak | Zischägge | チチャク | ![]() |
アイテム名もこの法則で命名されている可能性がある. 私はまだゲーム自体全然遊んでないので, テキストのみ確認していた. 今後アイテム名も再修正する必要があるかもしれない.
溶接鋼
時々溶接鋼という単語が登場する. 溶接というと現代人としてはアーク溶接のようなものを想像してしまうが, 中世にアーク溶接の器材は存在しないので間違えなく違うだろう. 英文では, 溶接鋼に対応する箇所は welded steel と書かれている. weld は溶接と訳される. ここで意図しているのはアーク溶接ではなく pattern welding だろう. 逐語訳なら「パターン溶接」などとすればよいのだろうが, 検索しても, ほとんどが英語を機械翻訳したサイトばかりで, 「パターン溶接」という語が使われているサイトはほぼなかった*5 古代や中世のヨーロッパ周辺で使用されていた技法で, 複数の鋼を重ねて鍛える方法である. 技術的な詳細は知らないが, 日本刀で行われることがあるという折り返し鍛錬に似た特性があるのだろうか. というわけで, わかりにくい語だが, 定着した訳語がまだ存在しないので「正しい」訳語もないから, これは誤訳とは言えない. しかし, 「溶接鋼」では何を表しているのかが不明瞭なため, 「鍛錬鋼」と意訳することにした.
その他誤記
「古代神聖ローマ帝国」は単純に書き間違えだと思う. ただし, 英語版に "the ancient Holy Roman Empire" という言い回しがあるため, この書き間違えは英語版に由来している.
Burgrave を「辺境伯」と訳すなどの凡ミスがいくつか見られた. ところで, 「城伯」をなんか城と一体化している伯爵とかそんなふうな意味だと思い込んでいるらしい事例を何度か見たことがある. しかし, 「城伯」とは Burgrave という語を意訳しただけで, それ以上の意味はなく, かならず1城伯が1城に対応しているとは限らない. 例えば, 既に書いたように, 当時の官職位にも「フラデツキー地方の城伯」という位が設けられていた. こちらの「地方」は zemsky ではなく kraj なので, チェコ国内の狭い範囲を表している. 特にフラデツキー地方のことを指しているため「フラデツ゠クラーロヴェー」周辺の地域一帯ということになる. なお, さらに混乱させることをいうと, 「フラデツ゠クラーロヴェー」という地名には, 城を意味する語が含まれている.
以前 chainmail という語がどうしておかしいかということを書いた. KCD2の英語版ではさらに chainmail armour という言い回しが登場している. どうしてこんなことになった...
参考文献
Oakeshott, R. Ewart. 1998. Records of the medieval sword. Repr., reiss. in paperb. Woodbridge: Boydell.
三浦權利. 2000. 図説西洋甲冑武器事典. 柏書房.
藤井真生. 2002. “研究ノート 中世チェコにおける王国共同体概念: 『ダリミル年代記』の検討を中心に.” 史林 85 (1): 88–106. https://doi.org/10.14989/shirin_85_88.
*1:リンゲン (Ringen) も格闘を指す単語である
*2:ゲーム中には表示されないが, Upper Mittelhaw という表記が内部データにある.
*3:ロブスターテイル型の兜のことだと紹介される事が多いが, 語源は明らかに中東からで, おそらくトルコ語のチチャク (Çiçak) である. ロブスターテイル型兜を使っていた17世紀頃のポーランド人が真似てヨーロッパの兜にチチャクの意匠を取り入れたので, このような混乱が発生したのだろう. さらにハンガリー語では sisak という語があるので, 兜全般を指す語になっているのかもしれない.
*4:一方で, 大兜を連想させる「カエル型兜」は競技会用の兜として16世紀まで存続しているので, 大兜も競技会ではもうしばらく使われていたかもしれない.
*5:唯一の用例が見つかったのがこのサイト https://ameblo.jp/kmymtks9/entry-12875063012.html である.