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中世ヨーロッパの肉料理 - 汝異世界を欲さば異世界飯に備えよ #2 - SI VIS NAAROPAM, PARA CVLINAM NAAROPAE SECVNDVS

概要

前回のスープ2種から引き続き6種類の肉料理レシピを紹介する. レシピは全て例によって Random Innkeeper 氏の動画に基づくものなので, ここでは作ってみた感想や細かい注意点などを書いておく.

なお, 以前にも中世の肉料理 sekanina slepičí を紹介した. こちらも当時の富裕層向けに趣向を凝らした面白い料理なので見てほしい.

under-identified.hatenablog.com

肉料理 #1: 鶏肉のブラックソース和え (15世紀, チェコ)

https://www.youtube.com/watch?v=XEdpYA_xHLM

これは原典では kuře v černé jíše (クジェ・フチェルネー・イーシェ) という名前.

肉は鶏胸肉を使う. 胸肉自体が淡白なので, 茹でるときはなるべく出汁をケチらないか, 多めに塩を加えることでしっかり下味をつける必要があるだろう. 例えばスパゲッティを茹でるときとだいたい同量の塩を入れたほうが良いだろう.

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鶏肉のブラックソース和えの材料の一部

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鶏肉のブラックソース和え (パン粉の残りかすがある)

肉料理 #2: 豚肉のビールソース和え (16世紀, チェコ)

豚肉のビールソース和え (vepřovina divoká; ヴェプショヴィナ・ディヴォカー, 野生の豚肉, の意味).

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16世紀の酒場で提供されていた料理で,「古くなったパンとビールを有効活用する料理」とのこと. チェコ料理なのだからチェコ産のビールを使う, と言いたいところだが, 日本国内でよく手に入るのはウルケルかヴドヴァルで, それでも国産ビールよりも一回り高価だ (これは現地の倍くらいの値段. 倍の金額を払う価値がある味だが, ソースにしてしまうのは少し惜しい). 国産ビール500ml缶を投入して作った. それでも発泡酒ではなくラガービールを使ったのでなかなか贅沢な感じがする.

Random Innkeeper 氏が言うように, ビールと酢*1を混ぜただけの代物ではとてもソースとして使えない. そのため彼は大量の砂糖を投入して味を調えている*2

ググってみると, 現代のドイツでもビールで肉を煮込む料理があるらしい. グラーシュも隠し味にビールを入れる, 肉をビールでマリネする, という人もいるようだ.

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豚肉のビールソース和えの材料

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豚肉のビールソース和えとパン

肉料理 #3: ラム肉のセージソース和え (15世紀, チェコ)

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中世の庶民にとっては鶏や牛は卵やミルクを生産するためのものなので, 食肉用に飼育することはあまりなかった. そこで羊肉の料理を紹介する.

なおアマゾンでグラム単価の一番安いラムを買ったが, ちょっと脂身が多すぎて料理しづらかった. 酢を多めに入れたので油っこさが相殺されたが, セージの香りも殺されてしまうため, やはりそこそこ上質な肉を使ったほうが良いだろう.

また, Random Innkeeper氏はメースを使っているが, メースもヨーロッパでは高価だったはずだ(J. Gies and Gies, 1981による. これは14世紀のフランス, トロワの話だがおおむね状況は変わらないだろう.). そのため私はよりありふれたハーブであるローズマリーも試してみた*3.

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ラム肉のセージソース和え

肉料理 #4: 「鹿肉風」牛肉 (15世紀, チェコ)

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「鹿肉風」だが牛肉である. KCDのゲーム内写本, あるいは頼 (2005)によれば, 森林は貴族の財産で, そこに住む動物も同様であったという. よって動画で言及されているように勝手に森林の動物を狩ることは違法 (小動物ならば許可されることもあった) で, 処罰の対象となった. そこで, 牛肉を禁じられた鹿肉のような見た目に調理するこの料理を紹介している. しかしこの料理には当時ヨーロッパでは高価だったクローブサフランが使われているので, 実際に食べられる人間はかなり限られたのではないか.

この料理はワインで煮込むのだが, 蒸発しやすいので思ったより量がいる.

ところでFeyfrlíková (2015)によると, 当時は鉄製のフライパンだけでなく陶製のフライパンも使われていたらしい. 私は中世の陶製のフライパンを持っていないが, 土鍋は持っているので土鍋で「炒める」ことを体感するため試してみた.

当時はガスコンロはなく, たきぎを主な燃料としていたと思われる (木炭はすでに普及しているが, 鍛冶などに使われることが多いだろう) ので, 重くて動かしづらいが, ゆっくりと加熱されるため, むしろ弱火で調理しやすいことがわかった.

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肉が十分に隠れるくらいワインを入れたほうが良いかもしれない

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リンゴを土鍋で炒める

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鹿肉のような暗赤色

肉料理 #5: 「ハンガリー風」牛肉 (15世紀, チェコ)


https://www.youtube.com/watch?v=QnSHjogWAMAwww.youtube.com

次に紹介するのは hovězí po Uhersku (ホヴィェジー・ポウヘルスク). チェコ料理のグラーシュはハンガリーのグヤーシュが元になっているというのは有名だが, 中世のヨーロッパには両者に共通する重要な材料が存在しなかった*4. パプリカもトマトも新大陸からもたらされたものだ. しかし一方で, 中世のチェコ人もやはり, 「ハンガリー風」料理を好んでいたらしい. どのあたりがハンガリー的な要素なのかはわからないが, Feyfrlíková (2015) で紹介されている似たレシピでは「屋外で料理する場合は蓋のある鍋を使う」とあるので, これが「ハンガリー風」の所以かもしれない.

この料理はオーブンを使うため, 大きなオーブンを備えていないことが多い日本の台所で作るのはやや難しい. 私は魚焼きグリルで焼いてみたが, 肉が分厚く火に近すぎたため焦がしてしまった. また, スパイスを挽く際に小さなすり鉢を使ったが, 日本のすり鉢は胡椒などの固い実を挽くのに余り向いていない: 表面の刻み目があまり機能しないどころか, 角度が浅いせいで跳ね飛びやすくなる.

見た目は真っ黒だが, 数種類のスパイスを使っているため意外と味は洗練されている. ソースを作る際に重要なのは, 念入りに濾してタマネギの旨味成分を抽出することだと思う. 私はストレーナーを持っていないため米研ぎ用の金属ザルに入れて15分ほどひたすらこすりつけた. 中世の人間もストレーナーを持っていないはずなので, おそらく似たようなことをしていたと思う.

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ジュニパーベリー, キャラウェイ, 胡椒

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茹でる直前

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ハンガリー風」牛肉

肉料理 #6: 「ハンガリー風」ローストビーフ (16世紀, チェコ)

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ハンガリー風」までは #1 と同じだが, ワイン煮込みではなくローストビーフである. 動画ではブリスケットを使っているが, 私はケチってスネ肉を使った (スーパーで売っている肉は小さく切り分けられたものばかりで部位が限られる). ソースはローストした際の肉汁とタマネギとリンゴに少し調味料を加えて濾し取ったもので, 16世紀の料理の味付けは現代的な感覚とかなり近づいていると感じた. 画像のものは自家製ザワークラウトを付け合わせにしているが, これは唐辛子とかスパイス・ハーブ類を適当に加えたもので, たぶんドイツやチェコではこういう食べ方をしない. 16世紀なら唐辛子はたぶんヨーロッパに伝来しているので歴史警察案件ではないとは思うが, そもそも現代になってもチェコ料理に唐辛子を使ったレシピは見られない(少なくともFaktor, 2007のレシピには見られない).

追記: ウトペネツ (utopenci) というソーセージのピクルスには味付けのために唐辛子を少量入れることがある

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オーブンがないため, このように炒めて焼き目を付けてから圧力鍋で加熱した

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ハンガリー風ローストビーフ

感想・まとめ

中世の肉料理は肉を焼くのではなく煮込むことも多く, 結果として中世料理を作ってばかりいると頻繁に茹で汁が取れる. 肉の旨味が染み出しているため, これを捨てるのはとてももったいなく感じる. そのため次の料理の味付けに使いまわすという発想が自然に生まれたのだろう. ヨーロッパの食文化はこういうルーチンワークによって形成されたのだと体感できた.

ただし, おそらく庶民はそう頻繁に肉を食べられたわけではないようだ. 毎日のように肉を食べることができたのは貴族や富裕層だけだろう. そして貴族は肉以外をあまり食べなかった結果として, 当時の貴族は痛風持ちが多かった. 皇帝カレルIV世もボヘミア王ジー・ポシェブラトもハンガリー王マーチャーシュI世も痛風に悩まされていたという(Feyfrlíková 2015). というわけで以降は肉料理以外のものを攻めていく.

参考文献


*1:日本では穀物酢が主流だが, チェコではワインビネガーかリンゴ酢が多いようだ. Random Innkeeper氏の動画でいつも使っているものは, "jablečný ocet" と書いてあるのでリンゴ酢

*2:私は蜂蜜を使った. 中世なら砂糖より蜂蜜のほうが安いのではないか? と思ったが, 後から確認するとどうやらどちらも高級品で, 貧乏人は糖蜜を使うのが正解なようだ. 断片的にしか読んでいないので時代や地域ははっきりしないが: https://books.google.co.jp/books?id=7HTqyTrJmVQC&pg=PA306&lpg=PA306&d#v=onepage&q&f=false

*3:しかしチェコ料理でローズマリーを使うレシピをほとんど見たことがないのでこれも間違っているかもしれない

*4:ハンガリーのグヤーシュはジャガイモやニンジンなど野菜を多くいれる傾向にあるようだが, チェコのグラーシュはソースに必要なタマネギ以外あまり根菜を入れない