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『メトロ エクソダス』をさらに深く楽しむために知るべきロシア知識


概要

2019年2月19日に発売した, D. グルホフスキー原作のゲーム, メトロシリーズ3作目の『メトロ エクソダス』はテキスト・音声ともに日本語化されているため, ロシア語や英語が読めずともプレイできる. しかしながら, ロシア語や文化の知識があると, 一層隠された意味に気付けるようになる.

はじめに

このブログを始めてから連続でポーランドに関する話ばかりしていたので, ロシアに関する話をする*1.

『メトロ・エクソダス』の音声は日本語化されているが, 台詞が重なったり, 原語で興奮して早口になっている場面でも日本語では速さや抑揚があまり変わっていなかったりする. そこで, (声優には悪いが) あえて音声をロシア語にしてプレイすることを提案する*2.

S.T.A.L.K.E.R.』シリーズは, FPS ゲームに RPG 的な要素を融合させた, 当時としては珍しい作品だった*3. 開発元のGSC Game World が一時活動休止の憂き目にあったため, スタッフは Wargaming など他社に移籍したが, メトロシリーズの開発元 4A Gamesにも多くが流入したようで, 以前からメトロシリーズと S.T.A.L.K.E.R. シリーズの演出上の類似点が指摘されている*4. S.T.A.L.K.E.R. シリーズは英語音声に設定しても NPC がなぜかロシア語で会話してしまうのだが, 結果としてそれがロシア語に初めて触れるプレイヤーたちにこれまでにないミステリアスな体験を与え, 動画配信サイトを中心に 「ポマギーチェ (パマギーチェ)*5」「チーキー・ブリーキー*6」などのネットミームが発生した. 英語/日本語のままではどうしてもテキストから伝わる情報が大味になってしまい, Fallaout や Farcry のような他のポストアポカリプス系作品との差別化がしづらい*7 ので, 一度はロシア語音声でやってみて欲しい.

当然ながら本記事はスポイラーであり, ネタバレ注意とせざるを得ない. とはいえ. すべてプレイしてから読み返すのも面白くないので, ネタバレ要素の少ない一般知識を先に記述し, ネタバレになりうるシナリオに絡む知識をシナリオの順に沿って書くことにした. ググってすぐ出てくる常識レベルの話は書かないようにしている.

必然的にロシア語に関する言及が多くなるが, この記事の目的はロシア語やロシア文化に関する知識のない人に対するサプリメントであるので, カナで読みを併記している. しかし, 外国語をカナで完璧に表現するのは不可能なので, ある程度実際の発音に近くなるようにはしたが, 読みやすさも重視した表記にしている. 面倒なので ё は表記しない. 公式の字幕でも使ってないしね. ロシア人は正書法を守っていない*8.

補足: 私の語学能力について

これはそろそろ正直に申告しておくべきだと思う. 私はロシア語を大学時代に第2外国語として履修した程度であり, ロシアに滞在した経験もない. 能力を客観的にクオリファイできるものとしては, ロシア語能力検定 3級 (TРКИ ではない) を取得したことがあるだけである*9. メトロシリーズの原作小説も, 日本語訳されたもの (Metro 2033) しか読んでいない.

レンジャーたち

Полковник (パルコーヴニク): 大佐の意味. ミラー大佐のことである. 字幕では「ミラー」だが, 今作で明かされた彼の本名はスヴャトスラフ・コンスタンティノヴィチ・メリニコフである. メリニコフ (Мельников) は「粉挽き職人」という意味なので, 海外展開のため同じ意味の英単語 Miller という名前に変わったのだろう. 作品のたびに顔が変わってるが, 3作に登場するミラー大佐はすべて同一人物である.

大佐だけは常にアンナを「アーニャ」と読んでいる. これは親子という親しい間柄だからだ*10.

Идиот (イディオット): アルチョムの手帳にもあるように, ドストエフスキーの『白痴 (Идиот; イディオート, Idiot)』由来だろう. 名前 (これは彼自身が決めたあだ名だ.) に反して*11彼は電子機器の扱いに長け, 典型的なロシアのインテリのように, 抽象的な会話を好む. 唐突に毛沢東語録の話をする辺り, 西欧・北米の人間には作れない独特の雰囲気の造形である. なお, ロシア語音声だと大佐はたまにイディオットを本名で呼ぶ. セルゲーイ (Сергей) が本名らしい. 当該箇所は英語・日本語でも「イディオット」と呼んでいるが, ロシア語音声・字幕のみこの名前になっている.

Сэм (サム; サミュエル): 彼はカリフォルニア出身の元海兵隊員だが, 紆余曲折あって大佐の部下となっている. 本人が語りたがらないため, その顛末は不明だ. 英語や日本語音声だと伝わらないニュアンスとして, ロシア語音声にすると彼は強い「英語訛り」のロシア語を話し, しかもたまに英単語が交じるというものがある*12. また, 他のレンジャーたちが彼をしばしば дядя Сэм (ジャージャ サム; サムおじさん) と呼ぶが, これはアンクル・サムとかけているのだろう.

蛇足: ハンというキャラから見られるロシアのオカルティズム

原作小説では「チンギス・ハンの最後の生まれ変わり」を自称する, 謎の老人ハン(Хан; ゲーム版メトロシリーズ日本語版では「カーン」表記). ゲームではレンジャーとともに活動していながら, レンジャーの制服を着用せず*13, バンダナで束ねた髪, 編み込んだ髭, よくわからないアクセサリー, Metro Last Light のDLCパッケージでは座禅を組むなど, ヒッピーのような造形である. 過去2作品でも, 彼の活躍は心霊現象のような超自然的な体験と常にセットになっている.

ハンの造形はおそらく, ヒッピーだけでなくニューエイジ思想の影響を受けていると思う. ロシアでもかつて, ニューエイジ思想が流行した. ロシア・ニューエイジの特徴は, 「輪廻転生とカルマ思想」と「科学性」であるという(藤原, 2004). キリスト教は輪廻転生を認めていないから, あきらかにキリスト教由来の思想ではない(しかしロシアの民間では両方の思想が受け入れられているようである). 原作のハンはときには知性の高さを伺わせる狡猾な言動を, またときには気が触れたかのように振る舞い,とらえどころのない老人として描かれるが, 「チンギス・ハンの生まれ変わり」を主張する老人ということからゲーム版ではロシア・ニューエイジ思想家という造形に固まったのかも知れない. S.T.A.L.K.E.R. シリーズでも叡智圏 (ノアスフィア) や C-C (Common Consciousness) といったロシア宇宙主義 (コスミズム) を連想させる思想に言及され, 一連の作品すべてにロシア独特の神秘主義の影響が見られる. そして本ゲームを含む「メトロ」シリーズ自体が、良い行いをすればめぐりめぐって良い結末へのトリガーとなり、悪事ばかり働けばめぐりめぐって悪い結末に至る、という因果応報的なカルマシステムを採用している. コスミズムはあまり詳しくないのでそのうち調べておきたい.

簡易単語集

ロシア語音声・日本語字幕しても, イベント以外での会話の字幕がうまく表示されないことがけっこうある. また, ロード画面や壁の落書きなど, 日本語に訳されていないテキストも多くある. しかしながらその多くは簡単なフレーズだけなので, いくつかのロシア語を覚えるだけで状況がだいたい理解できるだろう.

  1. Аврора (アヴローラ): オーロラのこと. 今作では蒸気機関車オーロラ号を指す.
  2. ковчег (カフチェーク): 方舟.
  3. Бензин (ベンジン): ロシア語では自動車用ガソリンのこともベンジンと呼ぶ. タンク車やガソリンスタンドにもこの文字が書かれている.
  4. Оружейная (アルジェーイナヤ): 「武器庫」辞書的には形容詞で, - палата (パラータ) と書くところだが省略されている. 過去作でも武器庫を意味する看板として何度も出てきている. 銃のピクトグラムも併記されているため, 読めなくてもわかるかもしれない.
  5. Что (там)? (シュトー (ターム))/ Кто (там)? (クトー (ターム))/Чо мля? (チョー ムリャー):「(あそこにあるのは) 何だ?」「(あそこにいるのは) 誰だ?」「何だって?」の意味. 敵が不審な物に気づいたときの台詞. 前者は人間かどうかまでは判別できない場合で, 後者は侵入者がいるとの疑いをより強めている場合?
  6. Ничего... (ニチヴォー...): 「何も (いない)...」 という意味. 不審に気づいたが, これ以上の捜索を諦めたとき.
  7. Tревога! (トリヴォーガ): 「大変だ!」「緊急事態!」のような意味. 敵がアルチョムに気づき, 攻撃態勢に移るときに発する.
  8. Не стреляй! (ニ ストレリャーイ): 「撃つな!/攻撃やめ」勝てないと悟った敵が投降するときに言う. 「Tолько не стреляй! (トーリカ ニ ストレリャーイ!; 撃つのだけはやめてくれ)」と命乞いする場合もある.
  9. Враг! (ヴラーク): 「敵だ!」上記と同じ, 攻撃時の台詞.
  10. Вот он (ヴォート オーン): 「奴はそこにいるぞ!」
  11. сука (スーカ): 「雌犬」という意味で, ほとんどの場合で英語での侮蔑語と同じ使われ方をする. 複数形 суки (スーキ) もよく使われる. たいてい悪漢が言い放つ. ところで悪漢の独特のうわずった声は, S.T.A.L.K.E.R. シリーズの bandit と同じ声優が当てているのではないか.
  12. Йди сюда. (イディー スュダー) / Йди ко мне. (イディー カムニェー): いずれも「こっちに来い」という意味. トカレフが新しい部品を開発するたびにアルチョムにこう声をかけてくるが, 字幕が表示されないことが多い. S.T.A.L.K.E.R. でもおなじみ.
  13. Пошли (パシュリー): 辞書的には「行こう」だが, 作中では「かかれ」「行動開始」のようなニュアンスでつかわれることが多い.
  14. Прием (プリヨーム): 「受け取る」という意味の名詞. 無線で「応答せよ/復唱せよ」の意味で使われる.
  15. Понятно (パニャートナ)/Tочно (トーチナ): 「了解」「そのとおり」の意味.
  16. Спасибо (スパシーバ): ありがとうの意.
  17. Помоги (те) (パマギー(チェ)) /Спаси (те) (スパシー(チェ)): 「助けてくれ」後者は (命を) 助けてくれ, という意味なのでより切迫したニュアンスがある.これも S.T.A.L.K.E.R. でおなじみ. 悪党に捕まった NPC がよく叫ぶ.
  18. зараза (ザラーザ)/ черт (チョールト): 「しまった」「くそっ」のような悪態の意味. ポーランド語にも同様の単語があるらしく, 『ウィッチャー3』のゲラルトがよく口にしている.
  19. Прикрой мемя (プリクローイ メニャー)/ за мной (ザムノーイ): 「俺に続け」「(攻撃するので) 俺を援護しろ」の意味. S.T.A.L.K.E.R. でもおなじみ.
  20. Mясо! (ミャーサ): にくううううう にくにく にくにくくううううううう






2019/3/4: ポストカードやマップの元ネタの位置について, Googleマップ情報を追加

モスクワ

ポストカード #1: 「MГУ (モスクワ国立大学)」 の主要棟
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ポストカード #2: 手前は「宇宙征服者のオベリスク」, 奥にあるのは1作目の舞台にもなった「オスタンキノ・タワー」.
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ヴォルガ川

ロード画面では, オーロラ号の通ったルートが書かれており, オーロラ号が安全に通行できるよう何度もルートを変えていることが覗える. ヴォルガ川ステージのロード画面では,「MОСT (モスト; 橋)」と書かれた印の近くに「Саранск (サランスク)」「Пенза (ペンザ)」「Саратов (サラトフ)」と読める単語があることから, このステージはサラトフ近郊である可能性がある. モスクワからもだいたい 770km くらいありそうだ. ヤマンタウへ向かうのなら, もっと北のルートのほうが近いはずだが, どうやら線路の破壊されていた「Вернадовка (ヴェルナドフカ)」や汚染地域のペンザを避けて南のルートに逸れたらしい. サラトフには石油プラントもあるようだが, Google map を見る限り, 近くに昇開橋は見つからない.

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ポストカード #3: ヴォルガ沿岸で, 白い城壁が見えるのでカザンのクレムリン?
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ポストカード #9 は正教会の聖堂のようだが, どこのものだろう?

サイランティウスの教会には字幕が出ない (図1). ツァーリ・プーシュカ, ツァーリ・ボンバ, ツァーリ・コーラカル, ツァーリ・タンクなど, ロシアでは巨大なものにすぐツァーリと付けたがる. ツァーリ・フィッシュ (царь-рыба; ツァーリ・リィーバ) も同様の理由だろう. ではなぜ魚なのか. 教会や信徒の衣服に描かれた魚のアイコンはキリストを暗示するシンボルであるイクタス(イクトゥス - Wikipedia)を連想させる. 大戦前の生活を知るある中年の信徒は, サイランティウスが戦前は精神病院に通う妄想癖のある男だったことを暴露する. 魚を信仰対象としてからも, 彼らの住居のあちこちに正教会のイコンが飾られていることから, 実はサイランティウスは元は信仰熱心な正教徒だったが, 妄想を加速させて魚そのものをキリスト (ハリストス) と同一視するようになったのかもしれない (この裏設定も私の妄想だが).

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図1: 水のツァーリ教会







ヤマンタウ

ポストカード #9 は海岸のようだが, どこの写真だろう? ヤマンタウは内陸で, 近くには小さな沼沢しかない.

割と目立つところにある落書き2つ. 特に深い意味のあることは書いていない(図2, 3).

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図2: かえってこい 俺の脳 (?)
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図3: お前だクズ野郎, 飲んだくれて祖国をだめにしやがって (?)*14







カスピ海

多民族国家ロシア

オーロラ号のクルーの1人, ダミールは唯一アジア系の顔立ちをしている. 彼の故郷はカスピ海沿岸部だ. ロード時の背景の地図を見るとこのステージはカスピ海の北西部, 現在のカルムイク共和国カザフスタンの西の端, あるいはロシア領のアストラハンあたりのようだ*15. どうやらカザフ語らしき語彙がいくつも出てくるため, 彼やギウルはカザフ系の出自を持つらしい. 「バロン」の率いる悪党たちの組織「ムナイ・バイラ」はカザフ語で「石油を掘る者*16」あるいは「石油の裕福な者」であり, かつて石油採掘業者だった連中が石油と水を独占している.

このステージだけ露骨に『マッドマックス』の影響を受けている気がするが, 海の干上がった土地で得体の知れない支配者とナンセンスなしきたりに縛られて生きる人々は, 『不思議惑星キン・ザ・ザ (Кин-дза-дза!)』も連想させる*17. しかしキン・ザ・ザのようなコミカルな演出は作風に合わないだろう.

ギウルが何度も口にする 「シャイタン」はアラビア語由来の言葉で, サタンのことらしい. 「ミルザ」は「旦那様」みたいな敬称と思われる*18. ギウルはそれ以外にも何度か見慣れないカタカナ語を話す. おそらくカザフ語だろうが, カザフ語は全くわからないので調べる気力がない.

ムナイ・バイラはアルチョムの日記では「スヴァログネフチ (Сварогнефть; 日本語テキストではスヴァログ"オイル" )」と書かれる. スヴァロクは以前書いたようにスラヴ神話の火の神, ネフチは石油のことである*19. 火の神にあやかった企業名から, バロンは奴隷にした現地人に火を崇拝する宗教を押し付けることを思いついたのだろう. 現実のロシアには「ロスネフチ」という石油企業があり, ロゴも同様に灯火をモチーフにしているので, 元ネタかもしれない (図 4).

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図4: ロスネフチのロゴ (上) とスヴァログネフチのロゴ (下)







タイガ

タイガはアラル海の北, オムスクより南にあるようだ. かすかに見える地名とグーグルマップを比較すると, Кокшетау (コクシェタウ; カザフ語では Көкшетау と綴るらしい) あたりのようだ*20. しかし, タイガステージは開発版からデザインがかなり変わっているため, 別の場所を参考にした可能性もある.

goo.gl

イオニアとはなんなのか

イオニアという肩書きのキャラクターが出てくる. これは人物名ではなく, たぶん пионер (ピオネール; pioneer が語源.) のことである. ピオネールはソ連のボーイ/ガールスカウトのことである. ソ連の少年少女は, 夏休みにラーゲリと呼ばれるピオネールのキャンプに滞在し, 自然の中での集団生活を体験する*21. タイガステージにはピオネールのラーゲリ*22の看板がある (図5).

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図5: 児童ラーゲリの看板. ソールネチニーとは太陽, あるいは陽気という意味

このステージに登場するパイオニアというのは2013年 (メトロ世界で第三次世界大戦の起こった年) の夏休みにピオネールのキャンプに滞在していた少年少女たちだったのだろう. ピオネールではなく英語風のパイオニアというカナ表記にしてしまったのは, 文脈の考慮に欠けた翻訳と言わざるを得ない.

恐ロシ庵では, ウラジーミル市郊外に実在するラーゲリの廃墟の写真をいくつも掲載している. タイガステージの雰囲気とそっくりである.

osoroshian.comhttp://osoroshian.com/archives/russia_pioneer_camp.html
上記記事の画像転載元
www.yaplakal.com

ピオネールといえば赤いネクタイで, ソ連プロパガンダポスターでもしばしば題材になっている (図6).「先生」のもとでの誓いというのも, ピオネールの誓いの儀式に由来する儀式なのかもしれない. 作中でも, ピオネールのネクタイらしき布切れを見かける (図7).

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図6: ピオネールを題材にしたソ連のポスター (SovMusic.ru - Soviet posters: Long live young pioneers - followers of the Lenin-Stalin Komsomol!より)
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図7: ピオネールのネクタイ?

ピオネールといえば, 数年前に話題になった Everlasting Summer という同人ゲームもピオネールのキャンプが舞台となっており, 登場人物はピオネールの制服を着用している*23.

store.steampowered.com

ピオネールに対する派閥であるパイレーツの元ネタはよくわからないが, アルチョムが日記に書いたように, 彼らは「子どものまま大きくなったような人たち」 であるから, ピーター・パンの海賊に由来するのかもしれない*24 (インディアンのようなトーテムポールやテントを作っているのもピーター・パンに着想を得たのかも知れない.).

ロシア文化とは関係ないが, 彼らのバックグラウンドはゴールディングの『蝿の王 (Lord of the Flies)』と似ている.

さらし者にされた悪漢の死体には, плохой (プラホーイ) という札が付けられている(図8).

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図8: バッドとは

字幕では「バッド」となっている. たしかに плохой を辞書的に英訳すると bad という意味になるが, 周囲にも罪状の札を提げて晒されている悪漢がいるため, そのまま「悪党」とか「素行不良」という意味でよいだろう. 日本語テキストが英語経由の重訳で, しかも文脈の確認をあまりしていないことが推測できる (スカイリムほどではないが, ちょくちょくこういうのが見られる.).

子どもの落書きらしきものがあるが, 判読できない (図9)

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図9: ターニャ + サーロ (脂身) = 脂肪ぶよぶよ女!! (?)







亡霊の街

オーロラ号は南側からオビ川 (Обь; 実際の発音は「オーピ」が近い)を渡ってノヴォシビルスクターミナル駅に入構している. 実際のノヴォシビルスクと同様に, カーブに入るあたりで右手にアレクサンドル・ネフスキー聖堂のドームが一瞬見える. 「鉄道博物館」もノヴォシビルスクに実在する. 薬品のあると予想されるアカデムゴロドク (Академгородок) は, 市の郊外にある学術都市エリアである. 一方の「機関*25」は市の中心部にあるとされるが, この辺はマップで調べても工科大学や経済科大学がいくつかあるだけで, 架空の施設のようだ.

このチャプターでは, フレーブニコフ (Хлебников) という人物が登場する. この名前はパン屋, パン職人という意味である. ネタバレになるので詳細は伏せるが, ミラー (粉挽き) とフレーブニコフ (パン屋), どちらか片方が欠けてもパンは完成しない, ということだ.

人語を解するミュータント

このステージではブラインドワンというミュータントが登場する. このミュータントは人間の言葉のような鳴き声を発するが, ロシア語版ではこれもロシア語になる (英語版でも英語に変わることを確認). 語彙は少なく, ほとんどはプリミティブな感情をそのまま表現しているだけのようだが, 人語を解するミュータントである. 人語を解するという意味では, 原作小説の「司書 (ライブラリアン)」に似ている存在だ. 司書との類推で考えると, このステージでアルチョムがしばしば見る幻覚は, 急性放射線障害で意識が遠のいているからではなく, ブラインドワンによる精神干渉によるものなのかもしれない.

もしかすると今後DLCでなんらかの掘り下げがあるのかもしれない.

ポストカード #20: ノヴォシビルスク・オペラとバレエの国立アカデミー劇場
www.google.com
ポストカード #21: ノヴォシビルスク中央ターミナル駅の駅舎
goo.gl

その他

無線で受信できる曲にはいくつもあるが, その元ネタまで全部調べていると大変なので, 今回はここまで.

DLC (2020/4/23追記)

DLC第2弾『サムの物語』ではウラジオストクが舞台となった. 去年9月にウラジオストクに行って, その時取った写真がたまたまゲーム中のロケーションと重なっているものがいくつかあったので紹介する

金角大橋の見える高台 (鷲の巣展望台)とロープウェイ乗り場 (看板のフォントが違う)

商船船員の戦没者慰霊碑」を裏側から (少し形が違うが橋からの位置がほぼ同じ)とレーニン像 (ただし場所とポーズが違う)

別の記事でも書いたがウラジオストクは日本の中古車が非常に多い. (近畿セレクトという企業は実在するようだが全く関係ない, はず)



参考文献

1 藤原潤子 (2004) 「現代ロシアにおける呪術の語り : エネルギー、バイオフィールド、インフォメーション、コード、プログラム」,『スラヴ研究』,第51巻,355-371頁,研究ノート.


*1:しかし, ポーランドに関する日本語情報は比較的乏しいので書くモチベーションがあったが, ロシア語や文化に関して私よりずっと詳しい人間が、観測した範囲でもインターネット上にいくらでもいるのだ.

*2:実際にはロシア語音声でもけっこう台詞をかぶせてくるのだが……

*3:TES: Oblivion のようなファンタジー風味の作品はすでにいくつか存在したが、現代世界を舞台としたシューティングゲームは珍しかった.

*4:そもそも原作小説じたいがストルガツキー兄弟の『路傍のピクニック』の影響を受けている.

*5:https://dic.nicovideo.jp/a/s.t.a.l.k.e.r.

*6:https://stalker.fandom.com/wiki/Cheeki_Breeki

*7:制作側があきらかに寄せている箇所も多い

*8:この正書法はどうやら18世紀に決まったのだが, まだ定着していないらしい. https://jp.rbth.com/education/80635-roshiago-no-ichiban-hen-na-moji-yo

*9:英語でいう英検3級と同程度と思って差し支えない.

*10:特に今作は大佐の親バカな言動が以前より目立つ.

*11:自分も最初はこの名前を誤植かと思ったが, Steam コミュニティでもこの名前に疑問を持った人間がいた. https://steamcommunity.com/app/412020/discussions/0/1798529872649247226/

*12:これに絡んで, アリョーシャがふざけて英語で海兵隊式の受け答えをするイベントがある.

*13:Redux でない初期版ではレンジャーの制服を着用している.

*14:ステージで拾える日記から察するに, 軍事費を削減したり, 泥酔して川に転落し暗殺未遂事件と誤認されたことのある某元大統領を罵倒しているのだろうか? 政治ネタで炎上しそうだが, お国柄だろうか.

*15:アストラハンはデルタ地帯にあるので現実では砂漠ではないが, カスピ海が干上がってるくらいなので砂漠化していてもおかしくはない. また, ヴォルガステージでは商人たちの会話から, アストラハンは壊滅したものの, 人身売買が行われている市場があるという話を聞ける.

*16:https://metrovideogame.fandom.com/wiki/Munai-bailer

*17:調べてみたら, 原作者もキン・ザ・ザに言及していた: https://www.instagram.com/p/BtncrlJAzAE/ この反応はロシア語圏でしか見られない.

*18:https://en.wiktionary.org/wiki/%D0%BC%D1%8B%D1%80%D0%B7%D0%B0

*19:ナフサと同じ語源か?

*20:ところで, 地図には Оля (オーリャ; オリガのこと) と書かれている. アリョーシャ...

*21:現実では, ソ連解体によってピオネールも廃止されたが, 夏休みに児童に集団キャンプを体験させるという習慣は存続しているようだ. よって, 彼らは正確にはピオネールではない.

*22:ラーゲリという語は日本人にとってはシベリア抑留や政治犯強制収容所を連想するが、一般的にはキャンプ、宿営地というニュアンスの言葉である。

*23:こちらでもピオネールのリーダーの名前がオリガなのは偶然だろうか?

*24:https://metrovideogame.fandom.com/wiki/Children_of_the_Forest

*25:原語では «Институт (インスティトゥート)». 英語の institute と同じで, 単科大学や研究所の意味. なので「機関」という訳は少し変だ.